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Ⅱ:3

◇  諒は英語の教師で、確かに英語準備室も存在する。  だが実質その部屋は諒専用の休憩所であって、準備室としての機能など無いに等しかった。つまり、そこへ呼ばれたと言う事は…。 「何か話があるんじゃないんですか」  準備室へと入るなり諒は煙草に火をつける。由衣とのやり取りで多少時間を割いているのだから、もうそれ程休憩時間は無いはずだ。 「あの、もう授業が」  始まってしまいますよ。  そこまで言葉が辿りつく前に、諒は職員用の机を蹴り上げた。蹴られた机はそれ相応の悲鳴を上げる。 「兄さっ…」  急に近づいて来たかと思うと、諒は俺の顔に思い切り煙草の煙を吐きかけた。躊躇いなく吸い込んでしまい激しく咽る俺の頬を、諒が加減なしに掴んだ。 「ゲホッ…なっ、に」 「お前、誰に触らせやがった」 「ッ!?」  俺は由衣に向けて作っていたポーカーフェイスを忘れ、目を見開いた。それを見た諒が掴んだ俺の顔を勢いよく横向きに捻るから、首の筋がグキっと鳴る。 「痛っ」 「ちゃっかりマーキングまでされやがって」 「マ……キング?」  諒は顔を掴む手とは別の手で、曝け出された俺の耳の後ろを触った。 「由衣、じゃあねぇな。アイツならもっとえげつない痕を残す」 「に、兄さん」 「隠し通せるなんて思うなよ」  諒がボソッと囁いた。  俺の耳は敏感にその吐息を拾い、喉がひゅっと空気を呑みこむ。 「身内ですら面倒臭ぇのに、これ以上増やすんじゃねぇよ」 「ひっ!!」  何でだ? どういう事だ?  確かに諒は、俺の事を嫌っていたはずなのに。諒が可愛がっているのは俺なんかでは無く、全然似ていない双子の弟のはずで…なのに、何で……。  諒は長い指で顔を固定したまま、無防備な俺の首筋に舌を這わせた。  遠くで本鈴が聞こえた。  でも俺の身体は恐怖に固まり、逃げることは叶わなかった。

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