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Ⅲ:1

 諒はあの後、授業が終わっても話しかけて来なかった。どこか心ここに在らずと言った感じが気になりはしたが、それでも、自ら進んで諒に関わる事はしたくなかった。  その日は全ての授業を終えても直ぐに帰る気にはなれず、少しだけ中庭で時間を潰す。  梅雨入りをしたとは言え未だ夕方は肌寒い日も多く、ワイシャツが冷んやりとして来た所で俺は漸く重い腰を上げた。 「あ、やっと帰って来た」  夕焼けも消えかかる頃に部屋へと辿り着けば、そこには良く知った男が立っていた。 「……和穂」  凭れかかっていた背をドアから外すその姿を見て、思い出す。決して忘れちゃいけないことを俺は忘れていたのだと。 「話があるんだ。中、入れてくれる?」  そう言って微笑む和穂は美しい。でも、俺の背筋には冷たい汗がツッと流れ落ちた。  俺は和穂に嫌われている。理由は分からない。でも、それで良かった。  ある日突然和穂に嫌われ、関わりが減った事には正直ホッとしていたんだ。だから俺は忘れてしまった。  父も母も、諒も由衣も、昔から苦手だし怖い時がある。でも俺は…俺は一番、  和穂の事が、怖かった……

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