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Ⅲ:2
「和穂、お茶…」
「ありがとう」
共有フロアにあるテーブルに着いた和穂は、生徒たちから“王子”と呼ばれるに相応しい笑顔を俺に向けた。そしてそのまま、お礼を言った癖に出したお茶には見向きもせず俺を見続けている。
俺はその目から細かく震える手を隠したくて、乱雑に湯呑みを放ると直ぐに手を引っ込めた。いや、引っ込めたはずだった。
「ッ、」
引っ込めようとした手を和穂に捕まれ、俺はひっ、と上げそうになる声を必死で堪える。そんな俺を一部始終逃さず見ていた和穂は、笑んでいる目を更に細めて言った。
「諒くん、僕とはもう遊ばないんだって。何があったの?」
手首を掴む手に力が込められ、俺は痛みで眉をしかめる。
「…知らない」
「………」
「な、何も無いって」
「嘘は駄目だよ、シーちゃん」
シーちゃん。
随分前から呼ばれなくなったはずのその呼び名に、俺は今度こそ隠すことなく体を跳ね上げた。
「う、嘘なんかじゃない!」
「…悪い子」
掴まれた手が更に引き寄せられ、その拍子に肘が湯呑にぶつかった。中身なんて少しも減ってなくて、たっぷり入っていたお茶は見事にテーブルの上で湖を作る。
でも、そんな物を気にする事なんて出来なかった。目の前の男が…弟が……和穂が、余りにも怖すぎて。
「か、和穂…」
「シーちゃんは約束も守らない嘘つきだ」
「ちがっ、」
「じゃあ、僕との約束覚えてる?」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。そんな俺を見た和穂は、口端だけをクッと持ち上げ笑う。
「言ったはずだよ。諒くんとも、由衣とも仲良くしちゃダメだって。シーちゃんに触らない代わりに、それだけは守ってね、って」
「でも、でもアレは子供の頃の話で‥‥」
「約束破ったら、お仕置きだって僕は言った」
「嫌だっ、和穂‥‥頼むからやめて」
「駄目だよ、シーちゃんが悪い。諒くんでも嫌なのに………………由衣なんか抱きやがって」
低く落とされた和穂の声に、堪えきれず溢れたものが頬を伝ってゆっくり落ちた。
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