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Ⅴ:2
目が覚めてからも暫く起き上がる気になれずもだもだとしていると、開け放たれたままの部屋のドアがコンコンと鳴らされた。
「そろそろ起きられる?」
「…………」
「もう直ぐ昼だよ」
「嘘っ!?」
目が覚めた時はまだ7時だったはずだ。慌てて時計を見れば、上代の言う通り時計の針はもう直ぐ天辺で揃いそうだった。
「なっ、なんで!? ッツ!」
驚いて飛び起きると、全身に走る筋肉痛の様な痛みによろけた。
「オイオイ、大丈夫?」
「煩いっ、触んな! …て、ぅあっ!?」
俺の身体を支えに来た上代を振り払うと、逆にその手を掴まれ再びベッドへ沈まされた。倒れこんだ俺の上に、上代が覆い被さる。
「ンなっ、退けよ!」
「だぁ~めだよ次男くぅん。俺たち今、一応恋人同士なんだよ? もう少し俺に優しくしないとぉ」
「…フリ、だろ」
「それでも。普段から細かく意識してかないと、フリだって直ぐにバレちゃうよ? …わ、いってぇ~」
今度こそ、突き飛ばした上代の身体は床に尻餅を付いた。俺は慌てて立ち上がる。
「フリなんかしたって絶対意味無い!」
「どうして?」
「知ってんだろ!? ここで今までアイツらが何してたか! 欲しいもんは力尽く、気に入りゃ恋人居る奴だって平気で弄んで来たんだぞ!?」
「へぇ、知ってたんだ」
「ッ、身内の恥だと…思ってたよ…」
俺が項垂れると上代が声を出して笑った。
「やっぱ次男くん、面白いね」
はぁ? と思って顔をあげれば、立ち上がった上代が俺の顔を覗き込んでいた。
「何したって無理だって思ってんの?」
「…………」
「じゃあそうやって、永遠に諦めて生きてくの? 兄弟たちにアンアン言わされながら」
「ッ!!…っ、……ッ…」
何か言い返したいのに、何も言えなかった。
実際俺は、あの兄弟達を前にすると驚く程何も出来なくなる。上代に対してなら言える言葉も、彼奴らを前にすると何一つ出てこなくなってしまう。過去を思い出した今、俺は彼奴らが…怖くて、仕方ない…。
「覚えてるかわかんねぇけど、俺言ったじゃん? 俺なら助けてあげられるかもよ、って」
唇を噛んだままの俺の顎を上代が持ち上げ、冷たい親指が唇を撫でた。
「一応それ、戦略あっての言葉だよ」
「…へ?」
「まぁ、その場しのぎ的な話なんだけど。それでも無いよりはマシだし、他の奴よりは役に立つよ、俺」
ポカンとする俺に、上代がニカっと笑って見せる。その笑顔に、何故か何の根拠もないのにホッとした。
小さく一つ、息を吐く。
今ここで上代を拒絶したって、兄弟達から逃げる方法が他にある訳じゃない。だったら、今目の前にある“ソレ”に縋る他ないんじゃないのか。
「取り敢えずさ、騙されたと思って俺のモンになっときなよ。ね?」
そう言って上代は、ちゅっ、と軽く俺にキスをした。目を見開く俺に、自身の唇をペロリと舐めならが上代が言う。
「さっき突き飛ばされたお詫び、頂き」
俺の顔が、熟した林檎より紅く染まった。
適当に自室で早めの昼を済ませると、上代と並んで部屋を出た。そんな中途半端な時間帯では、他の生徒の姿など無くとても静かだ。
「あ、」
「ん?」
寮から出て行く間際、寮監である三十代の男と目が合った。が、スッと逸らされてしまう。
(あの人って確か…)
そこまで考えたところで、俺の隣から「抱き込まれたな」と呟きが聞こえた。
「は?」
「アイツ、四男くんに相当入れ込んでるって話じゃん。あの様子じゃ、完全に丸め込まれてんな」
そのまま歩き出す上代に着いて、俺も慌てて足を動かす。そっと振り向いてみると、寮監は何所かに電話をしているところだった。
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