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Ⅴ:終

「言っておくが引く気なんてねぇからな。紫穂はどう転んでも、お前のになんかなんねぇよ」  そのまま踵を返す諒を、“何で!? 何で!?”と由衣が喚きながら追いかけて行った。そうしてその場に残されたのは、一言も口を開かなかった和穂。和穂はただ、片目だけでジッと上代を見ていた。 「三男くん。君からの悪趣味な挑戦状、ちゃんと受け取ったよ」  そう言った上代は無表情だった。  そんな上代に和穂はフンっと鼻を鳴らし、そのまま視線を蹲る俺に移すと血の滲んだ痛々しい…けれど形の良い唇を薄っすらと開き、数回それを開閉する。 「……ッ、」  俺がそれを読み取ったとわかると、和穂は微笑み、彼もまた俺たちに背を向けた。  背筋が凍る。  確かに和穂は言った。  “シーちゃんは僕のだよ”  残りの半日は、目まぐるしい日となった。  人気上位者であった上代との交際発覚を騒ぐ新聞部に追いかけられ、上代のファンには冷たい目を向けられ…。兄弟たちから極力離れることで手に入れて来た平穏はあっという間に崩れ、今までの努力は泡となって消えた。  だが俺に暴言や暴力を向けられなかったのはきっと、そんな避けて来た兄弟達や、今の俺のバックに立つ上代の存在が大きいのだろう。何だか複雑な気分だった。  そうしてクタクタになって寮に戻ったところで、俺は漸く上代に疑問を口にする。 「今朝…何で兄さんはお前から引いたんだ?」  あの傍若無人な諒なら、上代から力尽くで俺を引き剥がし、そのまま好きにする事なんて簡単だったはずだ。なのに、あの兄が苦々しい顔をしながらもスッと引いたのだ。  俺が首をかしげると、上代が俺をジッと見つめて言った。 「俺、理事長の孫なんだよね」 「……は?」  その顔にいつものヘラヘラした笑顔は無い。 「教師たちくらいしか知らない事だけどね。俺、一応御曹司ってやつなの。まぁ、あの長男が引いた理由はまた別だけどね」 「別…」 「ジイちゃん、仕事手広くやってっから」  そこで俺はやっと納得した。 「父さんの会社の…取引先なのか」 「一応あの人も、親の仕事は大事みたいだね。継ぐ気あんのかな?」  信じられない位の上代のサラブレッド具合と、その背後で繋がっていた家同士の関係。 「び……びっくりだな…」  そんな許容範囲を大幅に超えた情報を前に、俺は気にすべき事を一つ、忘れてしまっていた。  “なぜ由衣は、和穂の強行を知っていたのか”  上代は自身の携帯から、添付ファイルの付いた送信メールを一通、そっと削除した。 第五章:END

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