21 / 59
SIDE:Y
両親も、兄たちも、僕自身も。
全然マトモじゃない事なんてとっくに知ってる。
何故血の繋がった兄相手にこんなにも心を揺さぶられるのか何て…もうとっくに考え飽きてるし、答えが出るとも思ってない。寧ろ出なくて良いとさえ今は思ってる。
だって、僕が欲しいのは明確な答えなんかじゃない。
欲しいものはただ一つ。
そう、ただ一つだけなんだから。
◇
由衣は追いかけ損ねた諒の背中を早々に諦め、戻った生徒会室にて八つ当たりで机を蹴飛ばした。幸い今は誰も居なかったので、“姫”だなんて呼ばれる由衣の行動で混乱を招く事は無かった。
革張りのソファーに荒く腰掛けると、腕を組み眉間のシワを増やす。先ほど紫穂の隣に居た男を思い出したのだ。由衣はポケットから取り出した携帯を操作し、未登録のアドレスから送られて来た開封済みのメールを開いた。
噛み締めた奥歯が悲鳴を上げる。
メールに添付された画像には、由衣が欲しくて堪らない相手が凌辱され横たわった姿が写されていた。白濁を纏わされた紫穂の体には明らかな暴力の痕が浮かんでいる。そうしてそんな写真が付けられたメールの本文欄には【三男くんがおいたしてるよ♪】とふざけた文字が踊っていた。
「ほんっと……死ねば良いのに」
由衣の中で和穂と言う人間は、諒とはまた別の位置に居る男だと認識されていた。諒の事は好きではない。だが、和穂のことはそれとは比べ物にならないくらい嫌いだった。
あの男は、紫穂に躊躇いなく痛みを与えるから。
言ってしまえば、以前由衣も紫穂に快楽と言う名の暴力をふるっているのだが、彼にとってそれと殴る蹴るの暴力は全く別のものとして認識されている。由衣が諒を完全に嫌いになれない理由はそこにあり、諒もまた、紫穂に痛みを与える事を良しとしない男だった。
そこに、紫穂の心の痛みは含まれていないのもまた二人の共通点である。
由衣は自身の体格をよく理解している。自ら和穂を殴りに行ったところで返り討ちに合うだけだ。だからメールは届いて直ぐに諒に見せに行った。案の定、諒は静かに蒼い炎を昂らせ和穂を制裁した。
メールの送り主が上代だという事は直ぐに分かった。大体予測は出来ていたが、和穂の証言が一番の決め手となる。確信通り送り主が上代なのだとしたら、あの男は一体何のつもりでこのメールを由衣に送ったのだろうか。
和穂曰く、紫穂は既に誰かの手によって処女を失っていたと言う。その相手は凡そ同室の上代であり、関係を持ったのはまだ多くて一、二回程度だろうと断言する和穂にゾッとしつつも…由衣はメラメラと闘志を燃やした。
面倒で鼻の効く兄弟を気にし過ぎて、まるでノーマークだった男に簡単に奪われた。しかしそれには訳があり、実際はあの男をチェックした結果が結果だったことから油断していたのだ。あの男は紫穂に興味が無いのだと、だから放っておいても平気なのだと…。
紫穂は多分、上代を愛していない。そして上代もまた紫穂を愛してなんかいないはずだ。
「だって、だってアイツは」
調べた結果を思い出した途端、全身に苦味が広がったような感覚を覚えた。
そもそも、もし本当に紫穂を愛していたのだとしたらそんな相手の強姦画像を撮るだろうか? まして、メールで誰かに撒くだろうか? いや、有り得ない。
つまりあの男は、愛してもいない癖に兄弟達が愛して止まない紫穂をその手で抱いたのだ。
組んだ腕を外し、両手を膝の上で握りしめた。その手はカタカタと細かく震えている。
「許せない……許せない許せない許せないッ!!」
上代に対して、和穂へ向ける以上の殺意が湧いた。
諒は先ほど訳知り顏で上代から引いてしまい、もしかしたらこの先何もする気が無いのかもしれない。だが、由衣にはそうする事が出来そうになかった。
紫穂を手に入れるべくして取った由衣の行動が、もし今起きている騒動のキッカケとなったのだとしたら、尚更だ。
例えそれが、両親の会社を潰す羽目になったとしても。
紫穂は愛される存在なのだ。
例え向けられるそれが歪んだモノだったとしても、愛されるべき存在なのだ。決して、愛を持たない者が手に入れるべきではない。
誘拐した少年に、犯人が痛みを与える事で洗脳していく事件があった。やがて何年にも渡った虐待は少年を可笑しくさせて、最後には繋がれてもいないのに逃げることを考えなくなってしまった。
少年は痛みという恐怖に、脳を、思考を支配されてしまったのだ。
そんなとある番組を見ていた和穂が、滅多に上げることの無い口角を上げたのはいつの事だったか。れは由衣が和穂を嫌いな年数と比例するのだが、そんな相手でも、上代よりはマシに思えた。そこに愛があるだけ、マシに思えてしまった。
この日から由衣の中の最重要項目は、和穂と諒を出し抜くことより、そんなことよりも。
兎に角早く、上代から紫穂を奪い返すことに書き換えられた。
SIDE:END
ともだちにシェアしよう!