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Ⅵ:2

「もしかして喧嘩してた? 声がちょっと漏れてたよ」  外に出れば案の定由衣が待ち伏せていて、どことなく機嫌が良い。 「ねぇ、別れる感じ?」 「……別れない」 「なんで!? お願いだからアイツと別れてよ! 紫穂ちゃんは騙されてる!!」  唯でさえ由衣は目立つのに、こんな風に叫ばれては皆が振り向くに決まってる。俺は遠慮無しに顔を歪め由衣を睨んだ。 「そういう事を大きな声で言うなって、何度も言ってる」 「でも!」 「騙されてるんだか何だか知らないけど、少なくとも俺は、上代に脅されたりしてない」  何をもって由衣が“騙されてる”と言っているのか知らないが、上代が別の奴が好きだとか、それこそ俺を何かに利用しているなどといった類の話なら何の問題も無い。だってそれは、お互い様なんだから。  弱みに付け込まれ脅され体を奪われるのと、互いの利害が一致し合意で体を明け渡すのとでは、精神的負担が全く違うのだ。俺の言葉に嫌味が含まれていたと気付いたのか、由衣は唇をキュッと噛んだ。  そしてそのまま校舎に辿り着き別れるまで、由衣は一言も口を利かなかった。  昼休みに入り食堂に向かう道すがら、俺は多種多様な視線に晒された。と言うのも、例の玄関前騒動も原因ではあるが、いま一番の要因は隣を歩く男上代が、俺の腰に手を回しくっつくからである。 「この手、止めろって言ったろ…」 「何で? 折角四男くんの邪魔が無いんだから、今の内にくっ付いとかないと」 「あのなぁ、」 「良い加減自覚してよ。言っとくけど、今までが今までだったんだ、俺たちの事疑ってる奴らがめちゃくちゃ居るんだよ」  俺と上代は一年の頃から同室で有りながら、会話と言うものを殆んどした事が無い、全く関わりを持たない同室者だった。今まで上代のファン達から嫌がらせが無かったのも、きっとその部分が一番大きい。 「完璧とは言えないけど、多少は兄弟達の抑制剤にはなってんでしょ? それは今、次男くんが俺の所有物だって思ってるからだよ。分かる?」 「…あぁ」 「じゃ、それが全くの嘘だってバレたらどうなるか。それも分かるよね」  先日見た、和穂の空虚な目を思い出して身震いした。 「今はまだ、俺の言うこと聞いとくのが得策ってヤツだよ。分かった? “シホちゃん”」  そのまま食堂の入り口で首筋にキスを落とされ、俺が反応するよりも先に周りが叫び声を上げた。  俺の進む先は、間違いなく前途多難でしかない。

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