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Ⅶ:終
俺の身なりを見た目だけ整えた諒は、「バレるなよ」と俺の耳元に囁いた。“誰に”とは言わなかったけど、それは言う必要の無いものだった。
校舎の外は既に暗くなっていた。
ふらふらとした足取りで寮へと向かう。玄関を開けると上代の靴が揃えられており、先に帰宅していることがわかった。教室で待っていなかったことを怒っているだろうか。
少しだけドキドキしながら共有フロアへ入れば、矢張りそこには上代の姿があったが、ソファでうたた寝していた。思わずホッとする。
(早く、流してしまわないと…)
下着を濡らす感覚が気持ち悪い。俺はそっと息を吐くと、足早に風呂場へと向かおうとした。だが…
「どこ、行ってたの」
ソファを通り過ぎようとしたところで、俺は上代に手首を掴まれた。
「ぁ…」
思わずビクっと体を揺らすと、それを見た上代が寝起きとは思えない鋭い目で俺を見た。
「何その反応」
立ち上がった上代が俺の首元や肩にスンスンっと鼻を近づける。
「それに…なんなの、この全身から臭う厭らしいニオイ」
「は…なせ、上代……痛ッ!!」
俺の言葉とは真逆に力を込めた上代。きっと肌には手の跡が付いているに違いない。
どうして…どうしてこうなってしまったんだろう。
俺はただ、兄弟から逃げたかっただけだ。その為に俺は上代を選んだ。無欲で、他人に興味が無さそうで、【二階堂家の兄弟】にも興味がない珍しい人間だったから。
なのに、どうして。どうして、こんな目で俺を見るんだろう…。
目の前の男の目には今、狂気の色しか浮かんでいなかった。
「これって、“浮気”って言って良いんじゃないの?」
「かみ…しろ…?」
何かが可笑しいと、気付いた時にはもう手遅れだった。
頭の中に、【身代わり】という言葉とともに和穂の顔が浮かぶ。
記憶の中の和穂は、矢張り誰よりも危うく怪しく妖艶で……
―――美しかった
第七章:END
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