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Ⅷ:終
◇
ひとり部屋に残された上代は、現状を理解するのに必死だった。
何故突然、紫穂があんなことを言いだしたのか…。冷静になって考えてみれば、それは矢張り兄弟の入れ知恵が大きいと予測できた。だがその前に、上代はその兄弟のニオイを纏って戻って来た紫穂に苛立ちを覚えていた為冷静に頭を回転させることを遅らせてしまったのだ。
その上無茶苦茶だと避難したい紫穂の主張の中に、強ち間違いではないモノが混じっていた事がハッキリと否定出来なくさせてしまっていた。
【二階堂和穂】
上代の冷静さを奪った元凶である男の名前だ。
過去の上代律希は人生を舐めていた。
誰も彼もが自分よりも劣り、面白みのない、頭の悪い人間だと思ってきた。
入学するのが至難の業、例え入ってもついて行くのがやっとだと有名な、入ったばかりの私立中学での勉強ですら退屈で、仕方なく評判の高い塾へと通い始めた中学一年の夏。
上代は初めての挫折を味わうこととなる。
そんな苦い味を味あわせた相手が、二階堂和穂、その少年だった。
容姿端麗、頭脳明晰、おまけに噂ではスポーツも万能だと言う。
初めて張り合いのある相手が現れたと、初めの内はそれはそれは楽しい気分だった。だが、塾内のテストでは毎回和穂が一位を取り上代は二位。それもその差には大差をつけられる。そのうえ上代の存在に一切の関心を向けることも無い和穂に、上代は挫折とともに屈辱も味わった。
和穂と出会ってからというもの、上代の世界は和穂一色に染まった。
みっともないから、面と向かって喧嘩を売るようなことはしない。ただひたすら静かに和穂を追いかけ、いつかその背を抜いてやろうと必死だった。だからこそ上代の和穂への執念とも呼べるその思いは、知る人ぞ知るものとなっていたのだ。
水城が自身を和穂の代わりにと差し出して来たとき、和穂に似た顔が男に蹂躙されて歪むのを想像して気分が高揚した。しかしそんな高揚感は大して長く続かず、やがて上代の中で水城との関係は単なる馴れ合いに変わっていたが、それでも和穂の存在が男に手を出すきっかけとなったのは間違いなかった。
そうして色んな人間の世界を回し、上代の人生をも可笑しく狂わせた存在。
少し前までの上代は、確かに和穂の存在をそう捉えていたはずだった。紫穂が言った通り、上代は随分昔から二階堂和穂と言う男に振り回され続けている。
けど、今は…。
自分の世界を大きく回している人物は、もっと別にいる。
興味など有って無い様な、そんな程度の相手だった。
抱いてくれないかと誘われた瞬間、大事なモノを横取りされたらあの男はどんな顔をするだろうかと、醜い下心が浮かかんだことも確かだ。
それなのに、抱くたびに、その中に入り揺さぶり名を呼ぶたびに、健気に反応するそのカラダに。ふとした瞬間に油断して見せるその緩んだ表情に。絶望しながら兄弟に翻弄され、助けを求める哀れなその姿に。
気付けば心は大きく揺れ、奪われ、嫉妬心に火が付いていた。それはあの二階堂和穂にも持ったことのない感情だった。
何度抱いて啼かせて、泣かせても…自分に心を奪わせない、直ぐに兄弟へとそれを向けてしまう紫穂に激しい怒りを感じていた。
(何で俺だけを見ないワケ?)
初めて体感する自身のその感情に苛立ち、水城を使って紫穂を試す様な真似までした。それが一体何を示すのか、上代はもうとっくに気づいている。
「三男を思う気持ちが“恋情”だって言うなら…キミを想う“コレ”は何だって言うんだよッ!!」
漸く戸惑いと焦りを霧散させた上代は、先ほど紫穂を掴んでいた手をギュッと握り締め、素早く玄関へと向かうとかかとを踏み潰したスニーカーをきっちりと履いた。
向かう先は決まっている。
ひと気の無くなった寮の廊下に、駆け出した上代の足音が大きく響いた。
第八章:END
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