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Ⅸ:2

◇  部屋を飛び出した上代が一番に向かった先は、二階堂家の四男にご執心である寮監の元だった。 「マスターキー、出して」  肩で息をしながら寮監に詰め寄るが、寮監は眉間に皺を寄せたまま動かない。キーを出す様子の無い寮監に上代は大きく舌を打った。 「良いからさっさとキー出しなよ。お前がそれ使って何してるか、全部上に報告しても良いんだけど?」  以前一度だけ、役職持ちの生徒専用の階から降りてくる寮監を見かけたことが有った。初めは寮内の見回りかと思ったが、寮監が見回りをするのは防犯対策として消灯時間に一度行う程度だ。誰も居ない真昼間に、ウロウロと一体何をすることがあるのだろうか。  それを思い出した上代はちょっとしたカマをかけてみた。勿論、完全なる予想である。だが、見る見るうちに顔色を変えた寮監は黙って上代にマスターキーを差し出した。  きっと四男の部屋にでも侵入して、バレたらまずい事でもしていたのだろう。 (気持ち悪い奴…)  不快では有るが弱味のある奴は非常に扱いやすい。みっともなく震える指からキーを奪い取ると、上代は急いで非常階段を駆け上がった。今はエレベーターを待つ時間さえ勿体なく思えた。 「何で居ないんだよ!!」  寮内の役職付き専用部屋が並ぶ階で、とある一室から飛び出して来た上代がドアを憎らしげに蹴り上げた。そのまま何室か離れた別の部屋にも無断で鍵を開け侵入するが、その部屋にも探し人の姿は無かった。  他の階よりも人は少ないが、誰も居ない訳ではない。仕事の関係で役職持ちに会いに来ている生徒もチラホラと居た。そんな偶然廊下に居合わせた生徒会、もしくは風紀委員会の生徒たちが、上代の行動を唖然として見ていた。 「誰か、二階堂兄弟見なかった!?」  いつもの緩く優しいトーンではない上代の声に、周りの生徒がびくりと肩を揺らす。だが、流石役職付き…とでも言うのか、直ぐに持ち直した風紀委員らしき生徒が一人、寮外を指差した。 「あ…あの、二階堂紫穂くんなら、校舎の方へ向かっているのを見ました」 「校舎? それ、いつ!?」 「まだつい先ほどです。十分か…十五分程前でしょうか」 「ありがとっ」  上代は最後まで聞くか聞かないかのタイミングで再び走り出した。勿論エレベーターの前を通り越し、階段を駆け下りる。  上代と紫穂は“フリ”なんてフザケた言葉で作られた、上辺だけの恋人だった。そんな上代の存在は正直なところ諸刃の剣であり、学園の生徒たち相手には強大な後ろ盾となるが、一番肝心なあの兄弟たちにはあまり意味をなさないものだった。それでも、多少の時間稼ぎにはなっていたはずだ。  少しの時間だけでも彼らを遠ざけ、動き始めた紫穂への凶行を足止めしているはずだった。だが、先ほど紫穂は兄弟の欲望を纏って部屋に戻って来た。つまりそれは、上代の足止めが効かなくなったことを意味していた。  フラストレーションを溜めた彼らが解き放たれた時、一体、彼らは紫穂に何をするだろうか。  上代の頬に一筋の汗が伝った。 「……次男くんッ」

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