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Ⅸ:4

『もう…どうでも良い』  上代に呟いた言葉は本心だった。ヤケにもなっていた。でも、そこに含まれた本意にはきっと上代は気付いていない。いや、言った本人ですらあの時は分かっていなかった。  だが、それはここへ来て、兄弟たちに会って、そして諒の瞳の奥をみて、紫穂は気付いてしまった。自分がどうしたいのか、今まで押し殺してきた感情に気付いてしまったのだ。 紫穂は自身に触れる諒の手を外させ、今度は紫穂がその手を握りしめた。 「俺は…“兄弟”以外の何者にもなれない」  少しだけ声が震えた。でも格好悪いなんて考える余裕は無かった。 「は…? 紫穂ちゃん、なに言って…」 「お前は俺たちを愛してないのか」  紫穂が掴む諒の手が震えていた。それに気付いた途端、体の奥底から熱いものが込み上げて、それが瞳から溢れそうになるのを必死で堪える。 「愛……してるよ。でも、それは家族としてだ。俺はそれを伝えに、ここに来たんだ」 「なに…それ…」  絶句して固まる由衣。その後ろで、今までずっと沈黙を守ってきた和穂の体が少しだけ揺らめいた。  怖い、と思う。  足がガクガクと震えるし、また求められるままに全てを投げ出したくなる。けど、それをすればまた同じことの繰り返しになるのは明白だった。例えカラダを差し出し今をすり抜けたとしても、決してその先に明るい未来は無い。  今だからこそ、それが分かる。 「ずっと、怖かった」  由衣の持つ両親の後ろ盾が、諒が持つ権力が、和穂が持つ“約束”への執念が怖かった。けれど何より、誰からも見られぬ存在になる事が一番怖かった。  自分を愛し認めてくれるその存在が例え兄弟であったとしても、自分を求める者がいる事に何処か安堵していたのだろう。だからこそ、こんな所まで流れに流れて来てしまった。

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