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Ⅹ:1
次男くんは、俺に“逃げたい”と言った。そう、諦めたいのではなく、逃げたいと言って救いを求め手を伸ばしたのだ。
そうしてその差し出された手を取ったのは他の誰でもなく……俺だったんだ。
「逃げるって決めたなら、最後まで逃げ切ろうよ、次男くん」
◇
肩を大きく揺らし荒く息を吐く上代は、額の汗を軽く拭うと最後に一度大きく息を吐いた。それによって息が整ったのか背筋がスッと伸びる。
「アンタ…何しに来たんだよ」
「ほんと本性えげつないよねぇ、二階堂兄弟は」
「るせぇ、何しに来たかって聞いてんだよ」
まるで敵を威嚇する獣の様に唸る由衣に、上代がふっと笑った。
「そんなの一つに決まってんでしょ? 取り返しに来たんだよ、“俺の”次男くんをさ」
驚いて目を見開く紫穂の後ろで睨みを強くする諒と、紫穂の前に立ち唸る由衣。しかし、そんな中でクツクツと喉を震わせた者が居た。
「なにそれ、面白いね」
今まで入り口付近から殆んど動かなかった和穂が、ゆらりと足を進め上代の横に立った。
「俺、別に笑わせるようなこと言ってないと思うけど」
「へぇ? “俺の”とか言っちゃったのは、冗談じゃないの?」
和穂はゆらゆらと上代の周りをうろついた。けど、そんな和穂が標的としてロックオンしたはずの上代の目はずっと…諒の腕の中の紫穂に向けられていた。
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