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Ⅹ:終
「周りから誤解されるような事をして来た自覚はあるけど、でも、今回ほど後悔した事は無いよ。次男くんにそう誤解された事に、あんなにショックを受けるなんて自分でも驚いた」
「ショック…」
ポカンとしたまま自分を見つめる紫穂に、上代は更に眉を下げた。
「好きなんだ、次男くんが」
「へ……え、」
「ちっとも言えなかったけど、結構前から自覚してた。でも自覚すればする程残酷な気持ちが増えて、それがドロドロ渦巻いて余裕なくしてさ…遊び人の名が聞いて呆れるよね」
頬を撫でていた手が止まり、今度は両手で紫穂の頬を包み込んだ。
「もっとちゃんと俺のことを見て欲しい。簡単に諦めて、兄弟の元へなんて行かないでよ。他の奴を見てると思うと気が狂いそうになるんだよ。そのくらい……本気で俺は、次男くんが好きだ」
「ッ、」
紫穂の心臓が大きく跳ねた。
「次男くんが俺をそう見てないことは知ってる。でもさ、最近の俺とのエッチ、気持ち良かったでしょ?」
「ばッ、ンなっ!!」
「単なる慣れじゃなくってさ、自惚れでなければ…最近の俺にはそう見えてた」
「ひゃっ! わっ!」
チュッ、と軽く頬にキスをした上代はそのまま全身を紅く染めた紫穂を抱き締めた。
「前より感じ始めた理由、考えてみた事ある?」
「なっ! バカ! 感じてなんか!」
「じゃあ、今日部屋を飛び出したのは何が理由?」
「それはお前が!」
「『身代わりにしてた』から? でも、俺の気持ちなんてどうでも良かったはずじゃないの? 水城と寝たって怒らなかったのに」
「…………」
「相手が三男くんだったから? 本当に理由はそれだけ?」
「そうだよ」
「ほんとに?」
「ほっ……んと、に!」
紫穂の首元で上代が笑った。
「まぁ、今は良いや」
「……今はって何だよ」
「ふふ」
「笑うなよっ!」
笑いながら上代は更に腕に力を入れた。
長身である上代と大して変わらない身長と、それなりに有る肩幅。パッと見た感じは立派に青年へと向かう少年然としているが、こうして抱き締めれば分かる、少しだけ華奢な体つき。
中身はとんでもない天邪鬼なのに、その体は愛情を注ぐと驚く程素直に喜びを返してくる。上代はそんな“紫穂”と言う存在を、愛おしくて仕方ないと思った。
兄弟じゃなく自分を見て欲しくて、でも兄弟から離れられなくて、いつも泣いてばかりの頼りない少年を…上代はどうしても手放したくないと思った。
「上代…俺は、」
「うん」
紫穂の手が、上代のワイシャツの裾を少しだけ握り締める。それに合わせて上代が顔を上げて紫穂を見た。
「俺は…」
再び口を開けた紫穂は、だが目が合ったはずの上代の目が、少しだけ紫穂を通り過ぎ後ろへ向かうのに気が付いた。気付いた瞬間、上代に体を突き飛ばされ横へ飛ぶ。
その直ぐあとに上代の呻き声とも叫び声とも取れる音が耳を通り抜けた。肩を押さえ倒れこむ上代に、四つん這いで慌てて近付く。
「上代!?」
「……ば、早く、逃げ…ろっ、ぁぐっ」
そこからの出来事は全てがスローモーションになって見えた。
座り込んだ位置から少しだけ後ろを振り向く。そこには、逆光に映し出された影が立っていた。
「ぁ…」
見開いた紫穂の瞳に映った影は、鈍く光る長い物をゆっくりと振り上げ、そのまま何の躊躇いもなく紫穂へと振り下ろした。
「死んで、シーちゃん」
第十章:END
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