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「こんな高級なスーツ……いつ着るんだよ」  ピカピカと光沢を放つ靴まである。   「それにしても須藤は一体いつ、俺のサイズを知ったんだ? まあ、それも考えるだけムダかもな……」  一人で苦笑しつつ、考えることを諦めた佑月はシャワールームへと向かった。   「なんじゃこりゃーー!!」  我を忘れて佑月は脱衣ルームで叫ぶ。  そこには裸体になった佑月の姿を映す、大きな鏡がある。そこに映る自分を凝視せずにはいられなかった。 「須藤さん……あんた、どんだけ痕つけてんだよ」  身体中にキスマークの痕。 「こんなの直ぐに消えないのに、最悪だ……。まだ見える所にないのが救いだけどさ……はぁ……」  一人でぶつぶつ言ってから重い溜め息を吐いて、佑月はようやく広すぎるバスルームへと足を入れた。  シャワーを借りてスッキリとした佑月は、今度は着慣れない高級スーツに身を包まれている。気持ちが落ち着かずソワソワとしてしまう。  広いクローゼットルームの姿見で、かれこれ五分近くも自分を見て溜め息をこぼしている。  因みに見惚れているワケではない。  黒に近い濃紺をベースに、シャドーストライプが入ったダブルストライプ柄。滑らかで身体にもしっかりフィットして、さすが高いだけはあると感心さえしてしまう。 「須藤みたいに着こなすのは……一生無理だな」  大人の魅力を纏う男の姿を思い起こして、また溜め息一つ。 「ダメだダメだ。ずっと見ていても溜め息が増えるだけだ」  佑月が逃げるようにクローゼットルームから出た時、インターホンが鳴った。  勝手が分からずうろうろしていると、リビングに設置してあるテレビ付きドアホンが目に入った。そこには、難しい顔をした真山が映っている。いくら須藤の命令とはいえ、貴重な時間を潰されたことに怒っているのではと、佑月の手には汗をかく。 「すみません真山さん。直ぐに降ります」 「はい。お待ちしております。ですが慌てなくて結構ですよ」 「……はい」  相変わらず無表情な上、話す言葉には抑揚もない真山だが、言葉の端々に優しさが込められているのが分かった。それが少し嬉しくて自然と佑月の頬が緩む。  てっきり捨てられていると思った佑月の靴は、玄関に綺麗に揃えて置いてあった。  佑月は一瞬迷ったが、直ぐに自分の靴を履く。スーツに釣り合わないが、帰るだけだからと。  須藤からの靴は手に持ち、急いでエレベーターに乗り込み、真山の待つ階下へと降りた。 「お待たせしました」  広すぎるエントランスホールに、真山は姿勢良く立っていた。 「いえ。おはようございます成海さん」 「おはようございます」  頭を下げてから顔を上げると、真山の眼鏡の奥の冷冷とした目は、 心なしかいつもより柔らかく感じた。怒ってはいないようだと、佑月はホッと息を吐いた。

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