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「成海さんの行きたい所へ車を出せと、ボスから命じられております。何処なりと申し付けて下さい」
最近の真山は、佑月の前でも須藤のことをボスと呼ぶ。だからつい佑月はマフィアを連想してしまう。
「……ありがとうございます。あの、じゃあ俺のアパートまでお願いしてもいいですか? あ、それと須藤さんの部屋の鍵が分からなくて……」
開けっ放しとは大きな声で言えずにいると、真山は軽く佑月に頷いてきた。
「ご心配には及びません。今降りてらしたエレベーターはボスの部屋専用になっております。ですのでここに鍵を掛ければ問題ないです」
「うわ……そうなんですね」
真山は懐から鍵を出して、施錠した。
しかし、須藤の部屋専用まであるのか。ホールの奥まった場所にエレベーターがあり、一般口からは見えない。エントランスホールも、ホテルと変わらないくらいに豪華で広い。コンシェルジュもいるようだ。何をとっても佑月からすれば別世界のものだった。
それにしてもと佑月は真山をこっそりと窺う。須藤の部屋に泊まった佑月のことを、真山は一体どんな風に思っているのだろうか。
予定外の事をしてしまい、とても気まずい思いがある。無表情の顔からは何の感情も読み取れないが、真山は淡々と「では参りましょうか」と、身を翻した。
「はい……あ、ちょっと真山さん」
「はい、何でしょう」
足を止めた真山は、怪訝そうに佑月へと振り返った。
「その、昨日は色々とご迷惑おかけしてすみませんでした」
下げていた顔を上げると、少し驚いた顔をした真山がいた。
「いえ。ボスの大切な方を御守りするのも我々の務めでもありますから」
何でもないように答えられてしまうが……。
「大切な方……?」
思わず呟いた佑月の言葉に、真山は直ぐに首肯した。その大切な方とは一体どういう意味なのか、ちょっと考えたくないかもしれない。
「ええ。成海さんはボスの大切な方です。どうぞ」
「あ、すみません……ありがとうございます」
いつもの高級車の後部座席のドアをわざわざ開けてくれた真山に、佑月は慌てて頭を下げてから素早く乗り込んだ。
そして真山は無駄のない動きで運転席に乗り込むと、緩やかに車を発進させた。
もしかして、真山は佑月と須藤が〝そういう仲〟だと思っているのだろうか。昨夜は確かにあんなことをしてしまったが。
「あ、あの俺は別に、その須藤さんとは──」
「成海さん。貴方と出会ってからのボスは変わられました。特に貴方とお会いになってる時はとても楽しそうなんです。あのようなボスを見るのは、はっきり言って初めてです」
「それは、あの人は俺をからかって──」
「からかう? そうですか……あのボスが……。やはり二人でいらっしゃる時はとてもリラックスされてるんですね」
感慨に耽ってる真山だが、如何せん人の話を聞かない節があるようだ。しかも意外とよく喋る人だということが分かった。
「でも、リラックスって言っても、須藤さんなら他にそういう人沢山いるんでしょ?」
女が切れたことがないと聞いたくらいなんだ。女性なら男より癒しにもなるだろうに。
「そういう人とは?」
「え? ですから、その……恋人? とか……」
スムーズに言葉が出ない佑月を、真山はルームミラーから一瞥してきた。
「ボスは常に気を張った世界にいらっしゃいます。私としては、あの方が心から安げる場所が必要だと思うんです」
「……」
「ボスに群がるだけのような人間ではなく、ボスを生涯支えて下さる方が。そうは思いませんか? 成海さん」
「は、はぁ……そうですね」
それは佑月に向けられている言葉にしか聞こえなかった。だがそれも、須藤のことを本当に心から慕っているからこそ出る言葉なのだろう。ただの上司と部下の関係ではなく、お互いに信頼し合ってるからこその。
だけど真山には悪いが、自分にはあの男を生涯支えることは出来ない。支えるどころか一瞬で倒れてしまうだろうから。
それに、当たり前だが須藤と家庭を持つことは出来ない。男同士など未来が見えない。その辺、真山は分かっているのか。
須藤にしても、今までがそうだったように、きっと佑月の事も直ぐに飽きるだろう。
今はただ、毛色の違う成海 佑月という人間が珍しいだけだ。
──そうだろ? 須藤……。
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