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《Background》 3

「分からないことが返って裏目に出ることもあるがな」 「フフ、確かにね。じゃあ、もしそのもう一人を見つけたらどうするんです?」 「さぁな。それは向こうの目的と態度しだい。とでも言っておくか」  須藤と運び屋。  別にこの場にそぐわない会話をしているワケではないが、妙に緊迫した空気に葉山組の構成員は息を呑んでいた。  桐山 吾郎ともう一人の男のことは、佑月を見張らせていた流れで、一応調べさせていた。桐山に関しては、ごく一般の企業に勤める会社員でゲイであることも分かっている。  仮にその桐山が松山を殺したと考えても、その後の行動が須藤にとっては不可解だった。人一人殺して、その後なに食わぬ顔をして佑月をレイプする。  ただの一般人を殺したのなら、愉快犯のような類いで、レイプに及ぶような者もいるかもしれないのはまだ分かる。  だが、殺した相手はヤクザの人間だ。見た目からしてもヤクザと分かる男だ。そのヤクザ者を殺しておきながら、のうのうとレイプに及ぶ人間が何処にいるというのだ。  普通ならば精神的にもきているだろうし、報復は必ずあることくらい一般人であっても分かること。自殺志願者ならまだしも、報告では桐山にはそんな気配もなかった。  ならば考えられるのは、桐山は嵌められた。どれだけ探っても、素性が浮かび上がらないもう一人の男によって……。  松山を殺すことが目的だったのか、あるいは佑月に依頼を持ち掛けるふりをして、レイプさせることが目的だったのか。きっと後者だろうと須藤は眉間にシワを寄せた。 「あの……オレらは〝これ〟の始末をしてきます……。もう一人に関しては我々も、もちろん探し出してみせます。その時は連絡しますんで」  構成員二人は時間が気になるのか、慌てた様子で遺体を担ぎ上げた。 「須藤様、宜しいのですか?」  後ろに控えていた須藤の部下が、遠慮がちに訊ねる。 「かまわん。死んだ人間には、もう用はない」 「はい」  そう、どんなに怒りがあっても相手が死んでいては、もうどうにもならないのだ。 「では、失礼します」  構成員らは須藤に頭を下げると、遺体とともに出ていった。 「僕も何かしら情報があれば報告しますね。それにしても、須藤さんほどの人がそんな一般人の男を調べてたなんて、よっぽどの事があったんですね」  運び屋は少し長めの艶やかな漆黒の前髪を掻き上げ、須藤を見上げる。 「そんなことより、その首はどうした」  須藤は運び屋の女のように細い首に手をやり「リアン」と、その包帯に触れた。 「……あぁ、これですか? 少し前にしつこい男に痕つけられまして」  華やかな笑みで、運び屋……リアンは包帯をスルリと外した。そこにはリアンの言う痕が薄く残っていたが、それよりも首筋に浮かぶ黒薔薇のタトゥの方が目を引く。 「お前が隠すとか、そんな玉じゃないだろうが」 「フフ、失礼だなぁ須藤さんは。僕だって恥じらいの気持ちくらいはありますよ。それに……」  リアンは徐に、須藤の首筋に両腕を回して、キスを迫るように顔を近付けていった。  リアンが須藤に危害を加える真似をしないことを知ってる部下たちは、黙って様子を見守るしかない。

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