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未知の世界 2

「もしかしてお客様?」 「そう……みたいですね」  陸斗の背中から顔を覗かせると、事務所の扉の前の踊り場で、しゃがみ込んでいる女性が見えた。同時に佑月たちに気付いた女性は、ハッとしたように立ち上がる。 「あの……もしかしてご依頼ですか?」  だとしたら随分待たせたのではと、佑月は申し訳なく思う。  一応ドアには外出をしてる旨の貼り紙をしている。いかにも事務所が無人ですと堂々と貼り紙をしているのは、無用心かもしれないが。  だが、せっかく足を運んでくれたお客様には、明確にしておきたかったのだ。  実際、こんな貧乏事務所へ空き巣に入る者はいないが。 「あ……良かった。後五分待ってダメなら帰ろうと思ってたので」  女性はホッとしたように力なく笑う。歳は佑月と変わらないくらいに見える。真面目そうだが、お堅い感じはなく、むしろお洒落に精通しているようで、服にバッグに、今流行りのものを身に付けている。 「お待たせして申し訳ございません。どうぞ中へ」  急いで鍵を開けて中へと促すと、女性は軽く頭を下げて「ありがとうございます」と中へ入った。  陸斗がお茶の用意をしてくれている間に、佑月は女性を接客スペースへと案内する。 「どうぞお掛けください」 「はい……」  陸斗が冷たいお茶を佑月たちの前に静かに出すと、女性は少し嬉しそうに頭を下げた。  暑い中待ってくれていたんだ。喉も渇いていただろう。 「どうぞ、ご遠慮なくお召し上がりください」 「ありがとうございます。ちょっと喉が渇いちゃって」  はにかむように笑いながら、正直に告げる女性に好感が持てた。余程渇いていたのか、一気に半分まで飲む姿に、佑月は思わず笑みがこぼれそうになる。 「私、ここの所長をしております。成海と申します」  一息ついたところを見計らって、佑月は依頼客に名刺を差し出した。 「所長さん……ですか。お若いんですね。わたしとそう変わらないんじゃ……」  女性客は名刺と佑月を見比べて、頬を少し赤らめている。 「至らない点が多々あるかと思いますが、承った仕事はきっちりとさせて頂きますので、ご安心ください」  少しでも不安は取り除かなければと、佑月は安心させるように微笑んだ。 「あ……は、はい。お願いします! わたしは村上と言います」  慌てたように頭を下げる村上は、顔を真っ赤にさせていた。  そんな佑月らを見て、陸斗はこっそり、冷やかすような笑みを口元に作りながら、自分のデスクへと戻って行く。 「では早速ですが、本日はどういったご依頼でしょうか?」  佑月は自分の中の軌道を修正するように、村上に視線を戻した。 「は、はい。その、実は私の友人のことなんです……」  少し眉間にシワを寄せる姿に、いい話ではなさそうだと、自然と佑月の肩に力が入った。 「ご友人ですか」 「はい。二ヶ月前くらいからかな? 友人がその……ホストにハマってしまって……。それで結構なお金を使ってて、心配で……」 「差し支えなければ、どれくらいの金額か窺っても?」 「はい。確かもうすぐ百万はいくって彼女笑ってたので……」 「百万……ですか。それは確かに大きな金額ですね」  金の使い道は人それぞれだ。  趣味にお金を惜しまず、注ぎ込む人も少なくはない。  しかし、その友人が元来から金遣いが荒いような人間なら、わざわざ相談にも来ないだろう。

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