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未知の世界 5
「はじめまして〝ユキ〟です。宜しくお願いします」
ターゲットにペコリと頭を下げてから丸イスに座ると、ケンが少し驚いた様に佑月を見ていた。そんなケンにニッコリと微笑むと、ケンはどぎまぎと視線をさ迷わせた。
ターゲットの川勝 耀子はというと、佑月に軽く会釈する程度で、ヘルプには全く興味がないのか、直ぐにケンに視線を戻した。
「ケンちゃん、今日はね、ピンドンってやつを頼みたいな」
「え!? 耀子ちゃん……それ結構な値段するよ? 本当に大丈夫?」
(おっと、席に着いて早速の会話)
佑月は適当に酒を作りながら、ケンの表情を探った。さも心配そうな声色に表情。ホストなら多少演技は出来るかもしれないが、ケンはどうだろう。これが演技なら相当なものだ。
「大丈夫よ! いつも心配してくれるけど、私も飲んでみたいし。それにこんなんじゃ全然……」
「何言ってるんだよ! オレは耀子ちゃんのお陰で随分助かってるんだから」
「本当? でも、まだ返せてないんでしょ?」
「それは……」
何かワケがありそうだが、こういう手を使う人間が中にはいるのも事実。
有りもしない不幸話などをでっち上げて、それをネタにつけ込んだりと。
「ケンちゃん、逆にボトル頼むくらいしか出来なくて……ごめんね」
悲しげに睫毛を伏せる耀子。ケンは慌てた様子で耀子の背中を優しく撫で、何度もお礼を述べていた。
(なるほど……ケンは金を無心しているわけではないみたいだな)
話の内容からして、ケンは借金か何かで金に困っている。それで耀子はケンの売り上げに貢献しているというとわけだ。
現金を直接渡したりはしてないようだから、これはもう純粋にホストと客の関係だった。
もう少し有益な話を聞きたかったが、それ以降二人は終始雑談をして楽しんでいた。もちろん佑月もヘルプとしてそれに加わり、盛り上げて一日は終わった。後は本人に訊くしかない。
「お疲れ~」
「うぇ……飲み過ぎたぁ」
閉店した【ciel】の店内は、酔いつぶれてぐったりとする者や、トイレで吐いてる者がいて、結構驚く。つくづく体をはった仕事なんだと、ある意味彼らを尊敬する。
「ユヅお疲れ! どうだった? ホスト体験」
「うん、なかなか楽しめたかな」
颯はあまり酔ってないようで、元気そうに佑月の肩を組んできた。他のホスト仲間も、わらわらと佑月らの周りに集まってくる。
「ユキさん、この後空いてますか? ラーメン食いに行きませんか!」
No.2の琉聖が佑月を誘うと、他の者もそれに便乗するように「行きましょうよ!」と口々に言う。
(うーん、ラーメンか……魅力的な誘いだよな。ほとんど酒ばっかりで、飯もまだだし)
正直、腹も減っていた。だがと、佑月はケンを探して周囲を見渡す。
ケンが一人帰り支度をしているのが見えた。 帰るならその時に少しでも話を訊きたい。
「ユヅ」
「え?」
「お前やっぱどこ行っても、周りの奴等を魅了するよな。あいつらずっとユヅ見てそわそわしてたしよ」
颯は可笑しそうに耳打ちをしてくる。
「そうなのか? でも……」
「分かってるって。琉聖、ユヅはこれから用事あるから悪いな」
「ええー……そうなんすか。残念です。だってユキさんここで働くわけじゃないし、もう会う機会なんて滅多にないのに……」
颯の言葉に肩を落とす琉聖ら。ここは、何て言うのかアットホームな雰囲気だ。こんな体験入店だけの佑月を誘ってくれるのだから。
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