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長い一夜 3

「もう、酷いですね。痛いじゃないですか」  突き飛ばされたのにも関わらず、綺麗な顔で可愛らしく頬を膨らませている。  一体何歳なのか、男なのにその仕草に違和感を感じない。それにこの既視感は何なのか。  何処かで感じたような感覚。こんな綺麗な人間なら一度見たら絶対に忘れない。それなのに、佑月は一度会った気がした。  だけどそれは俗に言うソウルメイトと呼ばれるものではない。そんな良いものではない。何なんだと佑月は思考に耽る。 「行くぞ佑月」 「おわッ」  突然須藤に腕を引っ張られ、佑月は恥ずかしい声を上げてしまう。 「ちょ、ちょっと、いいんですか? お知り合いなんでしょ?」 「関係ない。それよりもこれ以上貴重な時間を潰されたくない」  男に聞こえるように言う須藤に、佑月は一人ヒヤヒヤとする。 「須藤さん、また明日夜に逢いましょうね」  そんな須藤の言葉にも気にした様子もなく、後ろから大きな声で呼び掛ける男に、佑月は思わず振り向いていた。 (夜に逢う……?)  目が合った時、男は不敵な笑みを一瞬だけ口元に作り、そして直ぐに佑月の視界から消えた。 (あの男、俺を敵視してる。それって須藤に特別な感情があるってことじゃ……)  綺麗なモノが好きな須藤のことだ。あの男とも何度か寝たりしてるのだろう。 (……別にどうでもいいけど) 「どうした。腹減ってないのか?」  前回と同じ座敷に通された佑月たち。  目の前には豪華で美味しそうな食事が並ぶが、なぜか食欲が湧いてこない。帰りたい気持ちが、食欲を失せさせている原因だった。 「さっきの奴なら、ただ仕事で使う人間だ」 「……え?」 「気になってるんだろ?」 「別に、気になってません」  須藤は箸の使い方が綺麗だ。里芋の煮物も綺麗に取って、口に運んでいる。  そしてお約束のニヤニヤした顔。自分なりに平静を装ってみたが失敗したらしい。 「そうか? 顔に書いてあるぞ」 「そ、それは……あの人凄い綺麗だったから、須藤さんのタイプなんだろうなぁって……」  佑月は咄嗟に吐いた自分のセリフにうんざりとする。須藤を前にすると、どうも頭の回転が上手く機能しない。 「興味ないな」 「う、嘘でしょ?」 「嘘とは何だ。お前に嘘ついても仕方ないだろ」  では、抱いてはいないということなのか。あんなに綺麗な人間が傍にいて、須藤が何もしないなど、そんなことあり得るのか。 「お前が考えてるような事もない」 「え?」  さぞかし呆けた顔をしていたのだろう。須藤は佑月を見てフッと笑う。 「とりあえず少しでも食っておけ。体力持たなくても知らないぞ」 「ブッ」 「おい、汚いな」 「な、何言って……へ、変な事言うからですよ」  佑月は飲みかけのお茶を吹き出してしまい、慌てておしぼりで口元を拭いながら、おもいっきり動揺してしまう。  須藤は一人愉快そうに煙草の煙を燻らせていた。

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