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長い一夜 4

 結局【雅】ではあまり食も進まず、あんな豪華な食事を無駄にしてしまうという、罰当たりな事をしてしまった。 「では、本日もお疲れ様でした。おやすみなさいませ」 「お、おやすみなさい……」  須藤のマンション前。  車から降りた佑月らに、真山は丁寧に頭を下げる。これから須藤の部屋に訪れるなんて、露骨すぎてどうにも真山の顔がまともに見れない。 「成海さん、ボスのこと宜しくお願いします」 「え!? あ……は、はい……」  まるで佑月の心境を見透かしたかのような真山のセリフに、佑月は頬を紅潮させる。  宜しくされても……何を宜しくなのか。とにかく今はこのまま帰りたくて仕方ないことを訴えたい。 「おい、いつまで突っ立ってる気だ」 「へ? って、ちょ……痛いって」  須藤は佑月の手首を掴んでグイグイと引っ張る。真山の乗ったBMWは、既にテールランプが小さくなっていた。 「離してください。別に……に、逃げませんから」 「ほう、殊勝な心がけだな」 (うるさいよ。こっちの気も知らないくせに)  もう店を出たときから佑月の心臓は、あり得ないほどの働きっぷりだ。  そんなに頑張って働かなくていいんだよって、言ってやりたいくらいだ。倒れそうになるから。  エレベーターに乗るも、密室のせいで更に息苦しい。佑月の前に立つ須藤の背中を見てると、須藤の辞書には緊張という言葉がないのがはっきりと分かる。  色んなものを背負って立つ、どっしりと男らしく広い背中。 「……」  そんな風に思ってしまった自分の乙女思考に、消えたしまいたくなった。 「何か飲むか?」  須藤の部屋であるリビングに通された佑月は、バカでかいソファの隅にちょこんと座っている。半ケツ状態だ。 「い、いいです」  首を振る佑月を一瞥した須藤は、自分は飲むつもりなのか、ガラステーブルの上にブランデーのボトルと、一応佑月の分とでグラスを二個置く。  よく見るとルイ13世。こんなものが当たり前に出てくるのだから、本当イヤになる。  そして須藤は佑月から一番遠く離れた場所に腰を下ろした。L字型のソファでそれぞれ端のためにかなり遠い。  なぜそんなに離れて座るのかと、佑月はこっそりと首をひねった。須藤なら当たり前のように、佑月の隣にどっかりと座って、肩くらい抱いてきそうなのに。拍子抜けしてしまう。  しかも座ってから無言。何なんだ、この空気は。余計に緊張を煽られてしまう。  聞こえてくるのは、グラスに注がれる小気味よい音と、ブランデーが喉を通る音だけ。かなり空気が重く、佑月の緊張も限界となってきた。 「あ、あの……すみません、先にシャワーお借りしていいですか?」  佑月は勢いよく腰を上げる。かなり露骨な事を言ったのに、須藤は静かに視線だけを佑月に向けてくるだけ。そして視線を佑月から外して「あぁ、後で着替え出しておく」と須藤は愛想なく言う。 「……お願いします」  逃げるようにリビングから出たときには、佑月の口から大きなため息がこぼれた。 「なんだよあいつ……」  思わず口から溢れる愚痴。  そもそも何で急にあんなに素っ気ない態度になったのか。訳が分からず、腹も立ってくる。決心が鈍らない内に、とっとと済ませてしまいたかったのに。  あれだけ緊張していた佑月だったが、今は嘘のようにそれが消え、代わりにイライラが募っていった。自分の中の苛つきを少しでも抑えようと、佑月は少し長めにシャワーに打たれていた。

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