147 / 444

夏の終わりに

◇ 「今日もお疲れさま~!」  小気味良くジョッキがぶつかり合う音。  仕事終わりに仲間と一杯。  世の働く者たちの疲れが吹き飛ぶ瞬間だろうと思う。 佑月もその一人だった。  明日から佑月の事務所は、盆休みで三日間だけ休みに入る。それで〝お疲れ様会〟と称して、メンバー四人で近くの居酒屋に来ていた。 「ああ~明日から実家帰るの気が重いなぁ」 「何言ってるのよ。たまには顔出してあげなきゃ。お祖父様寂しがってるよ?」  海斗のぼやきに、ほろ酔いの花は(たしな)めるように言う。 「あのじいちゃんが寂しがるとか……ないない!」 「確かに」 「これだから男って……。ほんと素直じゃないんだから」  呆れる花に双子は面白くなさそうに仏頂面。  いつも正月と盆に帰るのを渋る双子。だが、双子の祖父である正厘(せいりん)会の会長は、正月と盆くらいは帰って来いと言っているらしい。いくら極道の人間と言えど、可愛い孫には変わりはない。会えるときに会っておかないと。  会うといえば、佑月は須藤とあの日から一度も会っていない。一週間経つが、連絡も何もない。  以前なら最低一週間に一度は顔を出していたのにだ。結局は、一度寝た男にはもう興味が無くなったということなのだろう。連絡一つもないのがいい証拠だ。  須藤と別れたあの日の夜。あの【雅】で会った男と会っているのだろうかと、そんな事ばかり考えていた自分がバカらしくなった。 「佑月先輩?」  不意に隣に座る陸斗に顔を覗き込まれ、佑月の肩が僅かに跳ねた。 「あ、ごめん……どした?」 「いや、急に静かになったのでどうしたのかと……」  佑月の前に座る海斗と花も、心配そうに眉を寄せている。 「あのさ、俺……事務所に鍵掛けたよな?」  話をはぐらかそうと咄嗟に訊ねてみるが、わざとらしかったかと佑月は少し不安になった。 「え? もしかしてそれが気になってんですか? 大丈夫ですよ! 掛けてたの見てましたから」  陸斗は真剣に佑月へと頷いて見せた。 「そっかぁ……良かった。急に気になったもんだから」 「佑月先輩もうボケ入ってるんですか」  海斗のセリフに場が盛り上がる。  上手く話を逸らせて良かったと、佑月は密かに息をついた。今は楽しむ時間だ。須藤のことなど考えるなと。 「みんな、もっと飲めよ。今日は俺の奢りなんだから」 「はーい! ありがとーございます!」  それから佑月たちは、深夜遅くまで楽しく飲んで飲んで飲みまくった。 「佑月先輩今日はご馳走さまでした! 本当に送って行かなくていいんですか?」 「バカ、俺のことより花ちゃん頼むよ」  べろべろに酔っ払っている花。そっちの方が心配だった。 「それは任せてください! じゃあ、気をつけて帰って下さいね。後、明日も気をつけて」 「うん、ありがとう。みんなもな。じゃ、また盆明けに会おう。お疲れ様」 「お疲れ様!」  三人と別れてタクシーに乗り込むと、佑月はぐったりと座席に身体を預けた。さすがに少し飲み過ぎたようだ。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!