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夏の終わりに 3
まだ中学を卒業したばかりのような少年が、拉致をされかけていたわけだ。昌樹が親に連絡すると言うのは当然のことだった。
だがそんなことをされれば、家を出た意味が無くなる。
頑なに口を閉ざす佑月に、昌樹夫妻は無理に聞き出すことはなく、優しさで包み込むように、暫くここにいろと言ってくれたのだ。
そんな二人に佑月は自然と訳を話していた。訳を聞いた二人は佑月以上に心を痛めていたのは、かなり申し訳なかったが。
こんな素性も分からない少年を、ここを我が家だと思ってくれと迎えてくれた二人。
佑月にとっては恩人であり、第二の親のような存在でもあった。
「佑月くん、ちょっといいかしら?」
控えめなノックと柔らかな声音。
「うん、今開けるね」
ドアを開けると、今年六十二になるとは思えないほどに若々しく、綺麗な香住が微笑んで立っていた。その後ろには渋い顔をした昌樹も。
「ごめん、直ぐに手伝うよ」
「違うのよ。少し話があってね」
「話?」
少しの苦笑を浮かべ頷く香住に首を傾げながらも、部屋へと入ってもらった。
二人が畳に腰を下ろすと、佑月も二人の前に座る。
「いつも部屋綺麗にしてくれてありがとね」
「そりゃ佑月くんの部屋ですもの。いつでも帰って来れるようにしとかなきゃね」
「感謝してます」
頭を下げると、香住は「いえいえ」と笑う。
「それで話って?」
訊ねる佑月に、香住は徐に手に持っていた物を佑月へと差し出してきた。
「え? これは?」
「佑月くんのよ」
「俺のって……」
それは預金通帳と印鑑。
中を見て、結構な金額に驚く。
「どういうことですか?」
状況がいまいち掴めず、通帳を持つ手にも力が入る。
「佑月くんもそろそろいい歳になってきたでしょ? 結婚資金やら、何かとお金も必要でしょうからね。この人とも話し合っててね、今年で十年目というキリのいい年でもあるし、いま佑月くんに渡しておきたかったの」
「そうじゃなくて、こんな大金……」
昌樹へと返そうと差し出すが、首を振られてしまう。
「それは、元々佑月の稼いだ金だ」
ボソリと昌樹は言う。
「稼いだって……」
「そうよ。毎月仕送りしてくれてたでしょ? そのお金」
「いや、ちょっと待ってよ! それは俺が二人に使って欲しくて、少なくて申し訳ないけど少しでも糧にしてもらえたらと思ってたものだよ? それを使ってくれなきゃ意味ないよ」
息巻く佑月に、香住は宥めるように笑みを深める。
「佑月くんは高校も大学も給付型の奨学金で通ってたし、欲しい物もねだったりしないし、それなのにお店は良く手伝ってくれて……我が儘を言わないことが少し寂しかった。子供のいない私たちにとっては、佑月くんは我が子も同然ですからね」
香住に同意するように、昌樹はゆっくりと頷く。その温かい言葉に視界が僅かに滲んでいく。
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