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夏の終わりに 5
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「行ってきます」
「ええ、気を付けてね。お二人に宜しく伝えてちょうだいね」
「はい」
午前中に香住と買いにいった花束を手に持ち、佑月は二人に見送られながら【小雪】を後にした。
バスに二十分程乗り、両親が眠る霊園に訪れた佑月は、気合いを入れるべく七分丈のシャツを脱ぎ、頭にはタオルを巻いて軍手をはめた。
「よし、やるか」
バケツに水を汲み、ごみ袋をスタンバイすると、先ず草むしりから始めた。霊園の管理もあるから、まだ酷い状態でないのが救い。
「あちぃな……」
熱中症予防にこまめに水分補給をしながら、今度は墓石をタワシで擦る。
一年に一度の親孝行とでもいうのか、汗が流れ落ちる中、懸命に磨いた。そして、花を供えて線香をあげ、手を合わせた。
〝今年も俺は元気だ〟とか、〝昌樹さんと香住さんの二人のことを、これからも見守って下さい〟とか、毎年同じことを言っている。
そんな自分に苦笑が混じる中、両親に別れを告げ、汗でベタベタになったTシャツを霊園内のトイレで着替えた。着替えを持って来ておいて正解だった。
まだまだ残暑は厳しく、セミが精一杯鳴いている。こうも暑いと帰るのも億劫になる。
近くの喫茶店にでも寄って、涼みに行こうと霊園を出た時、佑月の心臓は大きく跳ね上がった。
霊園の前を走る県道。そこに堂々と駐車している高級車。
その高級車の脇には、背が高く、堅気 には見えないような端正な顔立ちをした男が、煙草を吹かしながら立っていた。
「……え? なんで……」
歩くことを忘れたかのように、佑月の足は立ち尽くしたまま。そんな佑月の元に、男は煙草を携帯灰皿で消しながらやってくる。
「どうした呆けた面して」
まるで数ヵ月ぶりに会うような、そんな感覚。このセクシーな香りや、誰もが魅了されるような甘く低い美声。大人のフェロモン垂れ流しの男は、佑月の前に立つと、少し濡れた佑月の髪に指を滑らせていった。それだけでゾクリと身体に痺れが走る。
「な、なんで……どうやって、ここに……」
あのレイプ事件の後辺りから、見られている感じはなかったのに。誰に訊いたのか。
「お前にバレるような人間をいつまでも使うと思うか?」
ほくそ笑むように、口角を上げる男、須藤。
(ヤバい……俺。絶対に顔が赤い)
心臓の鼓動も尋常ではない速さで、須藤に聞こえてしまうのではないかと思う程。
「それにしたって……なんで突然……。ずっと連絡してこなかったくせに……」
佑月がそう言うと、何故か須藤は満悦に目を細めてくる。
「今日と明日空ける為に仕事詰め込んだせいだ。仕事終わっても深夜だったからな。連絡したくてもお前は完全に寝てるだろ?」
そうだったのかと、その言葉で心底から安堵している佑月がいた。
「寝てますね……。でも盆休みを取る為にそこまで仕事詰め込んで、身体大丈夫なんですか?」
「心配してくれてるのか?」
須藤はナチュラルに佑月の腰に腕を回すと、耳元で囁いてきた。
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