152 / 444

夏の終わりに 6

「うわ……ちょっと、場所考えてくださいよ」  グイっと押し退けると須藤はあっさりとその身を離したが、代わりに佑月の手首を掴んできた。 「なら、場所を変えよう」 「あ、ちょ……」  佑月を引っ張るように歩く須藤。  その男の背中を見て、佑月は少し泣きそうにもなる。たかが一週間近く連絡がなかっただけで、こんな風になるなど想像もしていなかったからだ。佑月の中で、須藤という男の存在がどんどん大きくなっていく。 「乗れ」 「はい」  須藤は車のドアをいつもわざわざ開けてくれる。本日もスマートに助手席を開けてくれるが、やはり慣れない。  やめてくれと言っても、どうせ聞かないだろうと、佑月は素直に素早く乗り込んだ。なにせ、県道に迷惑駐車しているせいもある。 「あの、ちなみに何処へ?」 「そのうち分かる」 「……」  いつもの如く適当な答えが返ってきて、佑月は仕方なく黙ることにした。  そして緩やかに走る車。相変わらず乗り心地は最高だ。 「今日は真山さんいらっしゃらないんですね」 「あぁ、休暇を与えたからな」 「へぇ、護衛なしで大丈夫なんですか?」  茶化すように佑月が言うと、須藤は余裕のあるような笑みを見せる。 「言っておくが、武術ならアイツより上だ」  だがどうやら負けず嫌いなようだ。  可笑しくて一人でこっそりと笑っていたつもりが、須藤にじっと見られていることに気付き、佑月は慌てた。 「ちょ、ちょっと、ちゃんと前見てくださいよ」 「やっぱり真山呼ぶか」 「何言ってるんですか。休暇与えたのは須藤さんでしょ。可哀想ですよ」 「運転してると存分にお前に触れないし、見れない」 「な、何言ってるんだよ……」  この男はいつだってストレートに物を言う。だが佑月はそういう事に慣れていないため、こういう時どういう顔をすればいいのかが分からない。ただ顔は火照ったように熱くなっていた。  車は暫く首都高を走っていたが、ある地名の看板で須藤は首都高を降りる。  木更津……随分遠くまで走ったようだ。そして国道を暫く走り、須藤が車を付けたのは大きな旅館の駐車場。  旅館など都内にいくらでもあるのに、なぜわざわざこんな遠くへ来たのか。佑月は窺うように須藤の顔を見る。 「えっと……すみません。ここへ何しに?」 「部屋を取ってある。行くぞ」 「え!? 行くってちょっと待ってください! もしかして泊まるんですか?」  車を降りようとした須藤を、咄嗟に腕を引っ張り引き留める。 「そうだ。お前も明日は休みなんだから、別に構わないだろ」 「で、でも、泊まるのはちょっと……。家にも連絡してないから」  泊まると聞いただけで、佑月の心臓は暴れる。なぜこんなにも過剰に反応してしまうのか。もう少し余裕といものが欲しい。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!