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夏の終わりに 8
視線に気付いた須藤は、佑月の元へとやってくる。
「どうかしたのか?」
「別に大したことじゃないけど、何でスーツなのかなって気になっただけです」
「あぁ、午前中は仕事だったからな」
「そうだったんですね」
本当に忙しい男だ。一体どっちの仕事で忙しいのか。だからと言って、仕事の話など出来ないが。
須藤は佑月の荷物を取ると、自身の鞄の隣へと置く。
「ありがとうございます」
「花火までまだ時間があるな。風呂でも入ってくるか?」
「え? 花火?」
想像だにしてなかったセリフに、佑月は本気で驚いた。
「あぁ。ここのホテルからは良く見えるらしいからな」
「そ、そうなんだ……」
佑月はまたもチラリと須藤を盗み見した。
今もほぼ表情が変わらず、無表情でいることが多い男。無駄に綺麗な顔をしているから、余計に冷たく見えてしまう。
そんな男が花火が見える部屋をわざわざ取ったりと……。
「そりゃ女にモテるわな……」
「何のことだ」
(ヤバ……口に出してたのか)
「いや、だって、花火のためにホテル取っておくとか、マメだし……」
ロマンチストという言葉が出そうになり、慌てて佑月は口をつぐんだ。
この男ほど、ロマンチストなる言葉が似合わない人間はいないと思う。
「何を勘違いしてるのかは知らないが、この俺がお前以外にこんな面倒な事を、わざわざすると思うか?」
須藤は、本当に馬鹿らしいといった様に言う。やはり面倒と思っているようだ。須藤らしくて佑月は少し笑えてきた。
だがそんな須藤がわざわざ自分のために面倒な事をしてくれたのは、どこか嬉しいものがあった。
「そうですか……。その、ありがとうございます。それで、その花火は何時からなんですか?」
「二十時からだ」
「じゃあ、まだ時間あるので先に風呂行ってきます」
「あぁ」
須藤は座敷に座って寛ぎモードに入ったのか、煙草を口に咥えた。佑月は浴衣やタオルを用意して、いざ部屋を出ていこうとした。
「おい、何処へ行く」
須藤は煙草を口に咥えたまま、慌てた様子で佑月を追い、腕を掴んできた。
「何処って……風呂行ってきますって言いましたよね?」
「風呂なら部屋のを使え」
「え? 何でですか。温泉入りたいで──」
「ダメだ」
険しく眉を寄せた須藤は、更に佑月を掴む手に力を加えてくる。
「痛い……」
須藤が言うには、この特別室には露天風呂があるからそれを使えと。
多くの男たちがいる温泉などに入るな。自覚を持て……等々、佑月は何故かさんざんと説教されてしまった。
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