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夏の終わりに 9
「はぁ~極楽、極楽」
まるでオッサンみたいだが、仕方ないと佑月は開き直る。だってこれはもう、日本人の性みたいなものだから、つい口から出てしまうのだ。
結局佑月は部屋のシャワーで汗を流してから、東京湾が一望出来る、最高の景色を眺めながら、露天風呂に入っている。檜 の香りがまた、日本人に馴染む香りで癒される。
部屋にいる須藤がまる見えというのが落ち着かないが、こっちを見るなときつく言ってある。どうも須藤の場合、見られるだけで羞恥心を覚えてしまうからだ。
「成海、そろそろ出ろ。飯の時間だ」
「うわ! ちょっと何勝手に入ってきて……」
約束を破った事に怒るが、須藤の姿を見て佑月は言葉を飲み込んだ。
浴衣姿に、いつの間にシャワーを浴びたのか、髪も濡れて男の色香が漂う。
佑月は自然と目を奪われて、見惚れていた。顔が風呂のせいではなく熱くなっているのが分かる。
「ほら、のぼせるぞ」
須藤は心配そうに手を伸ばして、佑月の腕を掴もうとする。バレてなさそうだと安心しつつも、慌てて距離をとった。
「出るから、部屋に戻っててください」
そう言うが、須藤は何か言いたげな顔をしている。だが、諦めたように出て行った須藤に安心して、佑月は直ぐに風呂から出た。
「やっぱり、いいな」
風呂から出た浴衣姿の佑月を、しげしげと眺めてどこか満足そうな男。
何がいいのかは、考えない方がいいのかもしれない。きっと、ろくでもないことを考えていそうだからだ。
それから会席料理を堪能して、いい酒を飲んで佑月はかなり気分がいい。テレビを見て完全に寛ぐ佑月を余所に、須藤は酒を飲みながら、つまらなさそうにテレビの画面を見ている。
お笑い番組で佑月が笑うたび、見てくる須藤の目。
〝何がそんなに面白い〟と言っている。
「須藤さんって普段テレビ見ないんですか?」
「見ないな」
「ふぅん、面白い番組もあるのに。須藤さん普段から笑わないんだから、こういうのを見て笑わないと」
酒も入ってるせいか、少し気が大きくなって説教じみた事を言う。
「興味ないものを見ても仕方ない。それよりもお前を見てる方が断然いいな」
「あはは……って何で立って……」
徐に腰を上げた須藤に、佑月は咄嗟に逃げようと腰を浮かせた。
「電話だ」
鞄の脇に無造作に置いてあったスマホを、佑月にわざわざ見せてくる。確かに着信ランプが点灯してる。
わざわざ見せたのは「何か期待でもしていたのか?」と言いたかったに違いない。ニヤニヤと嫌な顔をして。
「早く電話に出た方がいいんじゃないですか?」
そんな須藤を無視して、佑月は流れで腰を上げてからテレビを消す。
須藤は邪魔くさそうに電話に出た。
開口一番「なんだ」だ。
普通なら相手に失礼なセリフだが、須藤らしいとでも言うのか。その電話の相手は女のようだ。静かになった部屋には相手の声が良く聞こえる。
(……なんか泣いてないか? すすり泣く声が聞こえるんですけど!)
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