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夏の終わりに 11
「そう言えば成海って大学ん時から律儀なところがあったしな……。でもさ、ここで会ったのも何かの縁だろ? 少しだけでいいからさ」
「悪いけど……本当ごめん」
「そう言わずさ」
結構しつこい。こんな奴だったかと、佑月の笑顔が引きつりそうになる。さりげなく立ち去ろうとすれば、速水は素早く佑月の手首を掴んできた。
「なら、せめて連絡先──」
「そいつに触るな」
地を這うような恐ろしい程の低い声音。佑月の手首を掴む速水の腕を捻り上げる男に、佑月までもが息を呑んだ。
「いっ……」
「す、須藤さん」
佑月は慌てて速水の腕から須藤の手を外す。
手が離れても、相当きつく捻り上げられていたのか、速水は苦痛に顔を歪めていた。
速水の同僚が駆け付けてくるかと思いきや、忽然と姿を消していた。なんとも薄情な奴らだ。
「誰だよ……もしかして成海のツレ? なんか雰囲気が……ヤバくね?」
愚直な速水に、佑月は冷や汗をかく。
「え? あ、うん、そう……うわっ」
「戻るぞ」
今度は佑月の手首が引っ張られるものだから、自然と速水から引き離されていく。
「お、おい、成海。戻る前に連絡先──」
速水の呼び掛けに振り向いたが、何故か速水の顔面は蒼白になっていた。
まさかと、須藤へと顔を戻すと、須藤は我関せずと言った無表情で顔を前に戻すと、再び佑月を引っ張った。
「ご、ごめんな、速水。会えて嬉しかった」
慌てて速水に詫びるが、速水は怯えた様子で身を翻して行った。
きっと無言の圧力でもかけたのだろう。ヤクザでも縮み上がっていたのに、あんな一般人にまで。少し速水が不憫でならない。
「なんだあの男は」
須藤は不機嫌を隠すことなく詰問してくる。
「大学時代の同窓生です」
「勝手に出歩くな」
強引に引っ張ってくる須藤の手を、佑月はおもいっきり振り払う。離れた腕に視線を落としてから、須藤は少し睨むように佑月へと振り返った。内心怖くないと言ったら嘘になるが、佑月は須藤から目を逸らさず、真っ直ぐに見据えた。
「勝手に部屋を出たのは謝ります。でも子供じゃないんだから、そこまで行動を縛らなくてもいいと思う。それに、お電話中だったし、席外した方がいいと思ったから……」
「隣にベッドルームがあるんだ。そこに行けばいい話だろ」
「そこまで頭が回らなかったんです。なんか深刻そうだったし……」
ベッドルームなど行けるワケがない。まるで自分がヤル気満々で待っているみたいだから。
「別に大した電話じゃない」
「でも泣いてる声が聞こえたし」
ちょっと盗み聞きした気まずさもあり、視線を落として言うと、須藤が笑う気配。
「あれは、うちのキャストだ。キャスト同士でのトラブルで、自分ではもう対処出来ないと、電話をしてきた」
「そ、そうだったんですか……。結構、頼られてるんですね」
「頼る相手が違うがな。普通なら店長が対処すべき事だ」
須藤はそう言うが、その店長よりも須藤の方が頼れると思ったから、女の子はわざわざ連絡をしてきたということだ。信頼していないと、誰も頼ろうとはしないから。
裏社会ではやはり恐ろしい人間なのだろうが、こういう一部分が知れて佑月は少しホッとした。
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