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夏の終わりに 18
「な、何ニヤニヤしてるんですか。それ破ったら、もう須藤さんとは会いませんよ」
「それは困るな。だが、回数に関しては、その場の雰囲気もあるだろ。お前が同意すれば問題ない」
車は早くも首都高を降り、見慣れた街並みに佑月はホッとする。しかし須藤のセリフには何一つ、ホッと出来るものがない。
「だって、須藤さんは手加減ってものを知らないから……。同意はあり得ません。諦めて下さい」
「……」
黙ってしまう須藤。
この男はズルい。返事をしてしまえば認めたことになる。だから黙ってるのだ。
だが自分の気持ちを認めたせいか、不思議とあまり腹が立たない。しかも、これからも須藤に会うことを当たり前のように、自ら口にするなど、変われば変わるものだ。
あんなに苦手な男だったのに。今はこうやって軽口を叩けるのが、楽しいとさえ思っていた──。
「それじゃ、何だか慌ただしくてごめんね……」
「いいのよ。少しでも元気そうな顔が見れただけでも、私たちは嬉しいから。それよりも腰大丈夫?」
須藤に【小雪】付近で降ろしてもらい、小一時間ほど時間をもらっている。二人にはバレないように、佑月は重い腰にムチを打って打ちまくったのだが。
流石とでも言うのか、香住の目は誤魔化せなかった。
「う、うん。大丈夫だよ。ちょっと昨日張り切って墓石磨いたもんだから」
アハハと佑月が乾いた笑いをしていると、昌樹は何とも難しい顔付きで頷いている。
「佑月よ。男は腰が大事だ。ムリはするんじゃない」
「……うん、ありがとう昌樹さん」
昌樹の隣で香住がクスクスと「まぁ、あんたったら」と笑ってるところをみると、きっとそう言う意味なんだろう。
本来ならそろそろ結婚もして、子供を授かってと言うのが、自然の摂理みたいなものだろう。佑月とて、二人には出来るなら孫の顔を見せてやりたいと思っていた。
だが佑月は男に惚れてしまった。それを叶えてあげられないのは、やはり胸が痛んだ。
須藤のような人間はある意味ドラッグと一緒だ。悪い物だと分かっておきながら、手を出したが最後。そこから抜けるのは困難だ。毒があるのに、その甘い蜜は酷く魅力的で……。
今までが淡白な恋愛だったがために、須藤という人間に深く落ちていくのは正直怖い。
だって、いつ捨てられるか分からない。
飽きたら佑月など一瞬で捨てられるだろうから。
どうやったら飽きられずにいられるのか。こんなこと、数ヵ月前の佑月なら考えもしなかったことだ。
人生と言うものは本当に何が起きるか、分かったものではないとしみじみと実感した。
「佑月くん、そろそろ行かないとお友達待ってくれてるんでしょ?」
「あ……うん、そうだね。今年はゆっくり出来なかったけど、色々とありがと。それに、これも……」
通帳の入った鞄に手を置くと、二人は優しく頬を緩め首を振った。佑月の結婚資金だと言って貯めてくれていたお金。これはやはり二人の老後のために、こっそり貯めておこうと佑月は思った。
「それじゃ二人とも、くれぐれも身体には気を付けて」
「お前もな」
「はい」
そして、佑月は二人に見送られながら【小雪】を後にし、須藤の待つ車へと戻った。
残暑厳しい夏。
今年の夏は佑月にとって一生忘れられない夏となった──。
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