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One day

◆  中村が経営するbar【espoir】 には、神とも称される天才ピアニストが、静かに音を奏でている。  須藤の行きつけだけあって、客層はほぼ決められた人種しかいない。  一般客が知らずに入ってきても、その異様な雰囲気に踵を返すのだ。 「マスター、最近あの男は来てるのか?」  カウンター席でロックグラスを傾けるこの男もまた、一見眼鏡を掛けたインテリ風な装いだが、一般人にはない独特な空気を纏っていた。 「ええ、月に二、三度は見えてますよ」  中村は目尻にシワを刻み答える。そしてその目線は男の座る背後に目がいく。  この男の護衛である二人の男が、テーブル席についているが、酒には一切手をつけず、忠犬さながらに主人を待っている。 「そうか……」  それだけ言うと男は万札をカウンターに置くと、席を立った。 「釣りはいい」 「はい。いつもありがとうございます」  そして二人の護衛を連れて出ていくのを、中村は慣れた様子で彼らに軽く頭を下げた。  男が店を出た時、前から少し小柄な男が歩いてくるのが目に入り、あからさまに嫌悪を見せるように、男は眉間に深いシワを寄せた。 「あ、奇遇ですね村山さん」  そんな男の態度にも動じることなく、小柄な男は陽気に話しかけてきた。  邪気のないような笑顔。ほとんどの人間がこの小柄な男の容貌に見惚れであろうほどに、美しい顔立ちをしている。  その首筋には黒薔薇のタトゥー。 「運び屋……気安く俺に話し掛けるな」  村山と呼ばれた男は、フレームのない眼鏡のブリッジを上げながら運び屋を一瞥した。

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