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Relationship 8

■  コーヒーの薫りはリラックス効果があると言われているが、それに偽りなく、芳ばしい薫りが鼻腔を擽るたび、疲れが吹き飛ぶ感じがする。  佑月が何でも屋を始めてから、通いつめている喫茶店【虹】。大通りから逸れて、住宅地に紛れて建つ隠れ家的な場所。  最近は忙しくて足が遠退いていたが、今日は約五ヶ月ぶりに訪れることが出来た。 「やっと顔を見せてくれたな、佑月。暫く見ないうちに、雰囲気が変わったんじゃないのか」 「すみませんマスター。最近はちょっと色々あって……やつれてませんか?」  苦笑を浮かべる佑月に、マスターは白い髭を撫でながら、緩く首を振った。 「いや、それはないな。むしろ血色が良くて、危ういほどに色気が増したな。恋人でも出来たのか?」 「い、いえ……恋人は……」  慌てて首を振ると、マスターはニヤリと笑った。 「まぁ、何にしろ元気そうで何よりだ」 「ありがとうございます」  マスターが佑月の前にブレンドコーヒーをそっと置き、カウンターへと戻って行ったタイミングでドアベルが鳴った。 「ユヅ、お待たせ」 「兄貴ー! お久しぶりです!」  古風な喫茶店には場違いな、煌びやかすぎる二人が、佑月の前へと腰を下ろした。 「久しぶりですね、岩城さん」 「もう、兄貴! オレのことは健二って呼んで下さいって言ってるのに。敬語もやめて下さい! オレよりも年上じゃないですか」 「そうだったね、ごめん。じゃあ健二くんって呼ぶよ」 「健二〝くん〟ですか……。君付けいらないですけど、とりあえず今はそれでいいです」 「お前、まだ知り合って間もないくせに、ユヅに呼び捨てしてもらおうなんて、厚かましいんだよ」  ホストクラブ【ciel】のNo.1で佑月の親友、颯が岩城の頭を軽く(はた)いた。 「そうですけど、オレはもっともっと兄貴と仲良くなりたいんです! そこんとこ分かって欲しいですよ」  佑月のことをと呼ぶこの青年は、あの須藤の高級車マイバッハに傷を付けた伝説の男、岩城 健二。  本当は依頼の対象者だった彼が、須藤との間でトラブルもあり、成り行きで彼も救うことになった、珍案件とも言える案件のものだった。それから佑月を妙に慕っているのだ。 「はいはい。だからこうやって、わざわざお前のために時間作ったんだろ? ユヅに感謝しろよ」 「はい! 兄貴ありがとうございます!」 「いえいえ、久しぶりにゆっくり話せるのは、俺も嬉しいし」  前々から佑月に会いたいと言っていたらしい岩城だったが、何かと時間の都合が合わなかったのだ。それで、今日やっと時間が空いたのだ。  マスターが話の邪魔にならないよう、静かにコーヒーを二人の前に置いた。二人が深く頭を下げると、マスターは柔和な笑みを向けて戻って行った。 「そう言えばさ、ユヅ」 「ん?」  何故か少し声のトーンを下げる颯に佑月は首を傾げる。 「盆休み、須藤さんと過ごしたって本当なのか?」 「え!? 須藤さんって……まさか、あの人ですか? オレが車ぶつけちゃった……あの、真っ黒なオーラでコワそーな人。どういうことですか! 兄貴」 「ケン、うるさいから喚くな」 「だって……」  シュンとしょげてる岩城には悪いが、佑月にとって今はそれどころではない。 (なんで颯まで知ってるんだよ!)

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