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Darkcloud

◇  九月も下旬。  朝晩と冷える時期だが、日中は結構な気温で、少し動くだけでもうっすらと汗をかく。  額から流れ落ちる汗を拭っていると、佑月の目の前に、可愛らしいハート柄のハンドタオルが差し出された。 「どうぞ、これ使ってください」  ニッコリと愛らしく微笑むのは、まだ二十代前半くらいの女性。 「ありがとうございます。ですが、自分のものがありますので。そんな可愛いタオルを汚すワケにはいきません」 「そんなの、気にしなくていいのに……」  拗ねたように少し唇を尖らせるのは、男が見たら単純に可愛いと思うだろう。佑月もそう思ってしまうから、男はしょうがない生き物だ。  今日は引っ越しの準備で荷造りを手伝って欲しいと、一人暮らしをしている女性からの依頼。陸斗らは別の依頼があって、佑月一人での作業。それが結構大変だ。  女性の私物はとにかく多い。初めは服など触っていいのかと遠慮していたが、〝どんどん箱に積めちゃって下さい〟と言われてしまえばやるしかない。  そんな中、三時間ほど格闘してようやく箱詰めは終了。引っ越しと言っても数キロ先らしく、後は彼女の友人らが車で運ぶようだ。 「本当にありがとうございました! 助かりました」 「いえ、お役に立てて良かったです。また何かございましたら、いつでもご連絡ください」 「はい!」  本当は女性の一人暮らしの家に、一人で行くのはご法度なのだが、ありがたいことに最近依頼が沢山入り、皆の受け持った依頼が同じ日に重なってしまうこともしばしばあるのだ。  花と交代出来ればしていたが、花の依頼主は花をご指名で、それが叶わなかったのだ。  何にしろ、無事に依頼は終了して、佑月は一人事務所へと帰った。  まだ誰も帰って来ていない事務所で、佑月はパソコンで依頼がないかを確認してから、今日のまとめを打ち込んでいく。  パソコンに集中していたが、時計を見るとまだ十四時。帰って来てからまだ三十分しか経っていない。  凝りを解すように伸びをしたとき、事務所のドアが開く気配。佑月は条件反射で立ち上がった。 「あ……」  入って来たのは三日ぶりに見る須藤一人。真山はきっと車で待機だろう。 「珍しく一人か」 「はい」  須藤はいつもと同じようにソファに腰を下ろす。コーヒーを入れようとソファの脇を通った時、不意に手首を掴まれた。 「須藤さん?」 「直ぐに戻るから茶はいらない」 「……そうですか」  いつも昼間は長居はしないが、お茶を飲む時間くらいはいる。珍しいと思いつつ、佑月も須藤の前のソファに腰を下ろした。 「佑月、いい加減その堅苦しい敬語を使うのやめろ」 「え……? いや、だって歳だってだいぶ離れてますし……。さすがにタメ口は……」 「俺がいいと言ってる。分かったな」  イヤです。とは言えないから「はい……」と、つい返事をすると、須藤は不満そうな顔をする。  だから、わざわざ「うん」と佑月が言い直すと、須藤は満足顔を見せた。  だがいくらなんでも直ぐにタメ口など利けない。敬語が抜けるのは、ムカついた時くらいなものだ。ここは、徐々に慣らしていくしかなさそうだ。

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