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Darkcloud 4
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今日、須藤が香港へと飛び立った。
わざわざ空港で電話をくれた時には、一週間ぶりにその声を聞いた。事務所に来た翌日から、多忙な毎日を過ごしていた須藤は、佑月に電話をするのも我慢していたらしい。声を聞けば、会いたくなるからだと。
確かに声を聞けば、佑月もきっと会いたくなっていただろう。現に、今日久しぶりに聞いた須藤の声に、佑月も会いたくなっていた。これは相当重症だと言える。
「ほら、二人とも早くしないと遅れちゃうよ!」
不意に花の急かす声が佑月の耳に届き、時計を見ると十三時前を指していた。
「分かってるって! 工具が見付かんねぇんだよ」
海斗がロッカー内を探りながら叫んでる。花は呆れたように佑月へと苦笑を向ける。
「成海さん、騒がしくてごめんなさい。とりあえず私は依頼主さんの所へ行ってきます」
「うん、ご苦労様です。気を付けてね」
「はい!」
花は元気よく返事をして、颯爽と仕事へ向かった。
「海斗あったぞ! お前奥に突っ込んだ鞄ん中に入れてるから、分かんねぇようになるんだよ。ちゃんと整理しろ」
「ごめんて」
双子らの今日の仕事は修理業者の手伝い。工具くらい貸してくれると思うが、使いなれた物を持って行くという徹底ぶりだ。
「それじゃ佑月先輩行ってきます!」
「行ってらっしゃい。気を付けて」
「はい! 先輩も」
慌ただしく仕事へと向かった三人。佑月も一時間後には依頼で出掛ける予定だ。それまでに、ゆっくりと読めなかった新聞でも読もうかと、佑月がデスクから腰を上げた時、事務所のドアが開く音がした。
「すみません」
遠慮がちに掛かる男性の声。
「はい、どうぞ。ご依頼ですか?」
直ぐ様ドアへ向かうと、そこには黒縁メガネを掛けたサラリーマン風の男性が立っていた。
「……はい。宜しいですか?」
「もちろんです。どうぞ中へ」
笑顔で来客を中に招き入れ、ソファ席で待ってもらってる間に佑月はコーヒーを入れた。
年齢は二十代後半くらいだろうか。佑月はこっそりとソファに座る男性に視線を遣った。
会社員っぽいが、スーツのかっちり感に少し違和感を感じる。
佑月を含め、サラリーマンは手頃なスーツを毎日着て、それなり着こなしてはいると思う。だが男はその手頃なスーツが逆に浮いて見えた。もしかしたら、転職して会社員にでもなったのかもしれないが。
「お待たせしました」
客と自分の前にコーヒーを置くと、佑月もソファに腰を下ろした。
「あの、こちらでは何でもしてくれるんですか?」
「はい。可能な限りはさせて頂いております。もちろん犯罪に関わることはお断りさせて頂いてますが」
「そうですか……。あの、お一人でされてるんですか?」
「いえ、小さな所でご不安なことかと存じますが、承った仕事はしっかりと遂行してくれる従業員はおります」
「そのお言葉からすると、あなたはこちらの所長さんですか?」
「はい。成海と申します」
初めて【何でも屋】を利用する客は色々と不安なこともあるだろう。だからこうして質問攻めにされることも、珍しくはない。
佑月が名刺を差し出すと、直ぐに受け取った男性は、口元に僅かな笑みを作った。
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