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Darkcloud 5

「えっと……それじゃ、さっそくお願いしたいんですが」 「はい」  男性は足元に置いてあった紙袋を、徐にテーブルの上へと置くと、佑月の前へと滑らせてきた。 「こちらは?」 「中には陶器の花瓶が入ってます。僕の妻がレストランを経営してまして、懇意にしている作家さんの陶器を、店に置かせてもらってるようですが、頼んでいた物と違う物が紛れていたんです。それで返したいんですが、先方は明日でないと都合がつかないと仰って……」 「なるほど。ご主人と奥様も忙しくて都合がつかないワケですね」 「はい。妻も店を離れるワケにはいかないし、僕も明日は大事な商談がありまして……」 「分かりました。そう言う事でしたらお引き受けいたします」 「本当ですか? ありがとうございます」  男性は目に見えて安心したように、笑みを深めた。 「それでは差し支えなければ、お客様のお名前を伺っても宜しいですか?」 「あぁ、そうでしたね。僕は町村と言います。そして、明日はここへお願いします。作家さんのお名前や、時間はそこに書いてありますので」  町村と名乗った男性は、紙切れを佑月へと差し出してきた。 男らしいというのか、勢いのある字でそこには書かれてあった。  それから町村は詳細を話した後、依頼料も後日だと都合が悪いからと先払いをしてくれた。そして仕事を少し抜けてきたからと、慌てたように風の如く去って行った。  立て続けに依頼が入ってくれるお陰で、仕事中は須藤のことは忘れていられる。それに、後もう一週間待てば、二人でゆっくりと一日を過ごせる。だからそれまでの辛抱だと、少し浮かれていた。  この時の佑月は……。  佑月は翌日、隣の新宿区へと足を運んでいた。もちろん昨日の依頼で。  指定された時間は十三時。腕時計を確認すると五分前だ。少し早いかと思いながらも、佑月はアトリエがあるだろう雑居ビルを見上げた。  結構綺麗で大きな雑居ビルだが、表には看板なるものがない。紙には【アトリエ・dragon】と記してあるが。 「とりあえず、行ってみるか」  ビル内に足を踏み入れ、目的の階である二階まで階段で上がった。そして扉の前に立った佑月は、インターホンを押そうと手を伸ばしたが、そこで佑月の手が止まった。 「あれ? 合ってるよな?」  社名プレートが、何故か板で隠されていて名前が分からない。もう一度自分がいる階とビルを確認する。 「合ってるな……」  依頼主の町村にもしっかりと場所を聞いたしと、佑月は思い切ってインターホンを押した。だがここが間違っていたら大変だ。時間ももうないし、依頼主はもちろん、作家さんの信頼まで落とすことになる。  緊張で唾を飲んだ時に、扉が開いた。その扉の先にいる男に佑月の眉が寄る。 「あの……」 「あ、もしかして成海様ですか?」  その言葉で、ここで間違いではないと確信をしたが、何か言い様のない感覚に囚われる。 「……はい、そうです。頼まれていた物をお持ちしました」 「はいはい、聞いてますよ。どうぞ中へ」  満面の笑みで中へと促す男。そっと中の様子を伺うが、廊下の先に扉があるだけで、入り口からアトリエという雰囲気は皆無だ。 (なんだろう……これは。本当にただの依頼か?)  佑月の中で猜疑心が芽生えるが、本当に真っ当な依頼なら、ここで直ぐに帰ってしまうのは相当にマズイ。 (マズイが……)

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