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Darkcloud 9
「いい感度をしている。随分と良くしつけてあるな。さすがと言うべきか……だが」
「あっ……く……」
いきなり乳首に激痛が走る。佑月の視界が滲む中、メガネが血の付いた指を舐めているのが目に映る。そこで初めて自分の乳首から出血していることを知る。
ズキンズキンと痛む頂。もしかして、千切れたのではないかと、恐る恐ると佑月は胸元に目を遣った。血で赤く染まった乳首。爪で抉ったのか、少し裂傷していた。
「勘違いするんじゃないぞ、成海 佑月。あの男は本気でお前を傍に置いてるワケじゃない。ただの気紛れだ」
(そうか……)
この男は須藤に特別な感情を持っているのだ。だからあんな憎悪のある目を佑月に向けてきてた。 ならば佑月がここから無事に帰れる確率は、一気に下がることになる。
「頭 、灰皿どうぞ」
町村がメガネに灰皿を差し出すが、それをメガネは手で制す。
「どこを見てる。灰皿ならここにあるだろ」
「はっ、すいません」
メガネは短くなった煙草をわざわざ佑月に見せ、唇の端を僅かに上げた。それを見せられた佑月の背中には、冷たい汗が流れ落ちていく。
「うぁ……!」
躊躇いもなく、佑月の左の脇腹あたりに煙草を押し付けられる。皮膚が薄い箇所ゆえに、痛みも倍増している気がした。払い除けようとした手も、直ぐに掴まれる。
「おい、手押さえておけ」
「はい」
「っ……!」
後ろから両手を上げるように乱暴に引っ張られ、筋が違ったのか右腕が悲鳴を上げた。
「まさかとは思うが、須藤がお前に本気だなんて思ってないだろうな? あいつは、昔から誰にも本気にはならない。今も昔もな」
(分かってる、そんなこと)
佑月自身、過剰に期待しないようにしていることだ。だが、須藤が飽きるまで傍に居られるのなら、傍に居たい。そんな望みさえも持ってはいけないのか。
「なら……なんでアンタはこんなことするんですか? 俺は須藤さんにとって、ただの気紛れなんですよね? それなのに、言ってる事とやってる事が矛盾してますよ」
「何だと?」
凄みのある声。見た目はインテリ風だが、やはり極道の人間なんだと思い知らされる。
「……だって、そうでしょ? ただ気紛れに遊ばれてる俺に対して、何をそんなに警戒する必要があるのか。放っておけば嫌でも捨てられるのに……」
「舐めた口を利くな」
「っ……!」
ヤバいと思った時には遅かった。顔を避ける暇もなく、佑月は右頬をおもいっきり殴られていた。舌までもを強く噛んでしまい、口内に血の味が広がっていく。
大人しく黙って従えば穏便に話が進んだかもしれないのに、黙っていられない性格。こういう時、本当に心底に馬鹿だと佑月は思った……。
「いいか、これはお願いをしてるワケじゃない。命令している。そこを履き違えるな」
「く……ぁ」
同じ場所や、その付近に煙草の火を押し付けられる佑月の身体。しかもフィルター焼きをされ、熱さ、痛みに襲われる中、皮膚が焦げる匂いまでする気がして、吐いてしまいたくなる程だった。
初めこそは愉快そうに見ていた構成員も、次第に息を呑んでいる気配がした。
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