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Darkcloud 10
「見た目に反して、なかなか強情な男だな。いい加減、頭を縦に振るんだ」
「……」
何も答えない佑月に、苛つきが益々募ったメガネは、佑月の髪を鷲掴みにして、おもいっきり引っ張って顔を近付けてきた。
「くっ……」
「手を引かなければ、このまま目ん玉抉り出すぞ」
何処からともなく現れたサバイバルナイフを、佑月の眼前に突き立てる。しかも後数ミリのところで。少しでも動けば目に刺さる。
「頭 ……それはさすがにマズイですよ……」
「誰に物を言っている」
「……すいません」
重い空気の中、一人の構成員が進言するも、一蹴されてしまえば、引き下がるしかないのが下につく者の定め。
このメガネはきっと普段はどんなことにも動じず、構成員らを上手くまとめ、仕事も抜かりなく進めていく男だろう。
だが今は、嫉妬に駆られた一人の男になってしまっている。
そんな男の標的になってもなお、佑月は須藤から離れる気はなかった。
なかったが……。
「この男を知ってるな?」
不意にメガネはナイフをしまい、代わりに佑月の目の前に、一枚の写真を突き付けてきた。そこに写っている人物を見て、思わず佑月は目を見開いた。そんな佑月の反応に目を細めるメガネ。
「この隣に写ってるのは、町村の女房だ」
「え……?」
本名だったのかとか頭に過る暇もなく、佑月は咄嗟に町村へと視線をやる。町村は無表情を作って佑月を見ていた。
そして再び佑月は写真に視線を戻す。そこに写っているのは、二十代前半くらいの女性と一人の男。
それは、男が女性を無理やりホテルに連れ込もうとしているように見えた。そして、その人物は岩城だということ。
「……」
佑月は岩城と先日会った時の話を思い出す。
確か岩城は、エリカちゃんと言う女の子に、無理やりホテルに連れ込まれそうになったと言っていた。きっとその女に間違いないだろう。
だが佑月は岩城の話に嘘はないと思った。まだ数回しか会った事がないような間柄だが、岩城の人柄は分かっているつもりだ。
須藤の件の時も、素直過ぎて不器用さが滲み出ていたくらいなのだから。
──やられた……。
この微妙なアングルが、確かに連れ込もうとしているように見える。だが、今は修正など簡単に出来る時代だ。ならば狡猾に、全て仕組まれていたと考えて間違いないようだ。
「なんだその不満そうな顔は。この男は俺の可愛い部下である町村の女房を誘惑したんだ。それがどういう事か分かるだろ」
「……お言葉ですが、彼は彼女が既婚者とか、恋人がいるとか知らなかったと思いますが。それにホストという職業を良くご存知だったら──」
「黙れ」
「っ……」
乾いた音が事務所内に響く。さっき殴られた右頬を、今度は平手打ちをされる。
よく手が出る男だと、こんな時でもそんなことを思ってしまう自分に佑月は少し呆れる。
「お前の意見など聞いていない。落とし前はつけてもらわないとな。この男も無事ではいられない」
「……」
「この男がいるのは【ciel】だったか? お前の友人もいるそうではないか」
さすがにヤクザの情報網は広い。なんでも直ぐに弱みになるものは調べられる。卑怯なことはお手の物ということだ。
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