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Confinement 3

「はぁ……あれじゃヤバいな……。もっとマシな言い方はなかったのかよ」  あんな酷い切り方、普通なら誰も納得しない。でも、これで最低な人間だと思って、愛想を尽かしてくれたら一番いい。  ため息が何度も何度も佑月の口からこぼれる。もう幸せなど残っていない。心にぽっかりと穴が開いたような、まさに沈鬱な状態で、佑月は歩いて十五分の、近隣のネットカフェへと向かっていた。  〝灯台もと暗し〟を利用してあまり遠くへは行かないようにしたが、これも見つからない自信はない。  しかし、何処にいても同じだということが本音だ。とにかく今夜だけでも乗り切らなくてはならない。  その時、後ろから車のライトらしきものでパッシングされ、一瞬にして佑月の背中に冷や汗が流れ落ちていった。 ──まさか、もう着いたのか?  そんなはずはない。スーパーマンじゃあるまいし、電話を終えてからまだ五分程度しか経っていないのに、不可能だ。 (……誰だよ)  気付かないふりをして、そのまま歩こうとした佑月だったが、再びパッシングをされた。嫌な予感がする中、覚悟を決め、佑月はゆっくりと後ろへと振り返った。  闇に溶け込むような真っ黒なボディのメルセデス。それはゆっくりと佑月へと近付いてくる。 「何処に行く」  もう二度と聞きたくなかった男の声。スッと佑月の心が冷えていく。メルセデスは、佑月の真横にピッタリと横付けをしてきた。 「何処とは?」 「須藤はさっき日本に着いたはずだ。そんな時間に何処へ行くと訊いている」  見たくもないメガネの顔を見た瞬間、火傷の痕が更に疼いた。 (わざわざ見に来たのか……。ご苦労なことだな) 「さっき、須藤さんにもう会わないことを伝えました。怒ってらっしゃったので、きっと須藤さんは俺のアパートへ来ます。だから会わないように身を隠すんですが、いけなかったですか?」 「本当にちゃんと言ったのか? 嘘だったら、分かってるな」  こんな時に誰が嘘をつくのか。一体どんな思いであんな電話をしたと思っている。二人の命も掛かってるというのに。  情のないような人間にこんなこと訴えても無駄なため、佑月は怒りで爆発しそうな感情を抑えようと、拳をきつく握りしめた。 「お疑いなら、須藤さんに直接お訊ねになってはいかがですか。そろそろ行かないと、こんなところを見つかっては、そちらもマズイことになると思いますが」  腕時計に目を落とす。そんな佑月に舌打ちを聞かせると、メガネは「出せ」と運転手に低く命令をした。そして闇に溶け込むように、メルセデスのテールランプは小さくなっていった。  こんなことで二人がちゃんと守られるのか、不安がないと言ったら嘘になる。  だが嫉妬に駆られた人間は何をするか分からない。だから、大人しく言うことを聞かなければならない時がある。相手がヤクザなら尚更。  しかし一番の不安は須藤のこと。あの男がこのまま大人しくしてるなど、きっとないはずだ。あの男から逃げる事自体、不可能に近いのにだ。  だがこの時の佑月はまともな思考回路さえなかった。  落ち着く時間があれば、もっとマシな打開策があったかもしれないのに……。

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