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Decision
◇
「おはよう」
事務所のドアを遠慮がちに開けて、佑月が顔を覗かせると、【J.O.A.T】のメンバー三人が一斉にドアへと顔を向けた。
「佑月先輩!」
「成海さん!」
駆け寄って来てくれる皆に、佑月には照れ笑いのようで、申し訳ないのような苦笑がこぼれる。
約一週間ぶりの出勤。結局須藤からは、話をはぐらかされて何も聞けなかった。ただ、昨日無理強いをしたことで佑月が須藤を脅すと、あの部屋からの解放だけはしてもらえたのだ。本当はあのまま同棲することが、須藤の目論見だったようだが。スマホも鞄もようやく佑月の元に帰って来て、ホッとしたものだった。
「佑月先輩良かった……。心配してたんですからね……。電話も全然繋がらないし」
「本当に……いつもみんなには心配かけて申し訳ない」
三人に頭を下げることしか出来ない自分が情けない。
「何で言ってくれなかったんすか……。オレらじゃ頼りにならないかもしれないですけど、ずっと傍にいたオレらとしては寂しいですよ」
「海斗……」
海斗の気持ちは痛いほどに分かる。だけど、大事な仲間で友人である彼らを、危険な目に遭わすことなど出来ない。死んでも。
「海斗。今回のことは仕方なかったって何度も言っただろ。もし、佑月先輩から話を聞いてたら、オレらは絶対黙ってなかった。それでオレらが動いてたらどうなってたか……」
陸斗の厳しい声に海斗は拗ねたように下を向く。
「分かってるよ……。オレらが動いたら、下手したら抗争にもなり兼ねないって何度も言われた。でも……」
「だったら佑月先輩を責めるのは違うだろ。一人で抱え込むことがどんなに辛いことか……想像を絶する中で、佑月先輩はオレらを守ってくれたんだ……。グチグチ文句言うなら、はっ倒すぞ」
海斗を諭しながらも、陸斗の悔しさもダイレクトに伝わり、佑月の胸が大きく軋んだ。
「俺さ本当は見栄っ張りなんだよね……」
「え?」
佑月の突然のセリフに、三人は一瞬きょとんとした顔を見せた。
「何て言うのか、弱ってるところを後輩に見られたくないって思ってるんだよね……。先輩って言うプライドくらい持っておきたいって言うかさ、いつでも頼られる存在でいたいっていう思いだけは一人前なんだから、自分でも厄介だと思ってるよ」
「オレらは佑月先輩を頼りにしてますよ! いつでも冷静にオレたちを助けてくれる。だから今回のことも頭では理解してるつもりだったんですけど……いざとなると……すみません……」
海斗の言うことは、もっともだ。もし逆の立場なら、何で頼ってくれなかったのかと、佑月もそう思うだろうから。こういう事は理屈じゃないし、相手が大事な人なら尚更、どうしても感情に走ってしまうもの。だが佑月は、あんな男に屈しなくてはならかった自分が許せなくて情けなかった。そんな弱った自分を後輩である彼らに見せるのは、やっぱり根底のどこかではプライドが許せなかった。なけなしのプライドだが……。
「あの~……そろそろツッコんでもいいですか?」
「え?」
陸斗が小さく手を上げて、佑月の背後に視線を遣っている。
「その人は……?」
「あ……えっとですね……」
佑月は、後ろに控えている大柄な男に振り返った。
「彼は須藤さんの部下で滝川さんといって、俺がとてもお世話になった人なんだ」
「どうも、滝川です」
滝川は佑月と接する時とは違い、淡々と無表情で三人に軽く頭を下げた。
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