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《Background》

◆  ズキズキと痛む傷口。差し出した右腕は今頃、魚の餌となって消えているだろう。  あの美しい青年が村山を訪れてから三日。村山は病室で天井の一点を見つめていた。まさかあの須藤が、帰国した翌日に、あんな早々と動くとは思ってもいなかった。出会ってもう十年程になるが、あの男が一人の人間のために動くことなんてこと、今まで皆無だったからだ。  それがわざわざ会長のところへまで足を運び、筋まで通す。なぜ須藤が成海佑月にそこまでするのか。あんなヒヨッコのようなガキに、一体どんな価値があるのか。ただ見てくれが良いだけだろうと、理解も出来なかった。あの時までは。  普通なら、二度と顔を見たくないような相手に、成海は自ら会いに来た。その時は純粋に頭が可笑しいのか、それとも自分の姿を見て笑いに来たのかと、嫌悪感で一杯だった。だが、的確についてくる洞察力。それを本人にぶつけてくる度胸。女のような柔な見かけとは異なり、自分というものをしっかりと持ち、意志が強い男だと感じた。だから最後に放たれた言葉に、村山は笑わずにはいられなかった。  〝正々堂々〟この言葉が、自分の愚かさを認識せずにはいられなかったからだ。  村山が自嘲気味にため息を吐いた時、部屋のドアがノックされた。消灯時間も過ぎた時間に誰がと、村山は警戒をし、開くドアをじっと見つめた。そしてその姿を認めた瞬間、村山は殺気を放った。 「フフ……熱烈な歓迎ぶりですね」 「これが歓迎しているように見える貴様の頭も、だいぶイカれてるな。何をしにきた」  村山にとってこの男は、もしかしたら成海よりも嫌忌している男かもしれない。 「何をって酷いですね。お見舞いですよ」 「お見舞い? 笑わせるな。しかもこんな時間に」  普通は消灯後に面会は、よっぽどの理由がない限り認められていない。だが、ここは黒衿会の息がかかった病院。規則は有って無いようなものだった。 「心配してるんですよ? 破門状が回って、今は何の後ろ楯もない状態なんですから」  どの口が心配などと言うのか、村山は笑いそうになるのを堪える。  破門状は各組織に通知される。通知された組織は、破門された者との関係を一切持ってはならない。破門された者にとっては厳しい厳罰と言えた。 「それに、村山さんがまさか須藤さんのに手を出すなんて、思ってもみなかったですからね」  そのセリフに一瞬反応してしまいそうになった村山だったが、何とかそれも堪えた。 「でも村山さんにしては、ちょっと詰めが甘い感じがしたんですが?」 「詰めが甘い? 相手はカタギの人間だ。本気で相手をするような、みっともない真似出来るワケがないだろ」  鼻で笑うかのように村山が答えると、突然〝運び屋〟は声を上げて笑った。

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