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陸斗の災難 3
ため息混じりに呟くのは依頼主の女性。昨日の少年の母親だ。三十代の半ばか後半なのか、かなり若く見え、綺麗な女性だった。
「この一週間、学校が終わってからご帰宅までのご動向を調べさせていただきましたが、ずっとお一人でファミレスで暫く滞在してから、お帰りになられています」
佑月はコンデジで撮った写真を、依頼主へと見せた。
「そう……。樹 はいつも一体何をしてるのかしら……」
少し憔悴したように、依頼主はため息ばかり。いつも学校が終わっても帰ってくるのが夜の九時頃。バイトもしなくてもいいほどの裕福な家庭。それなのに毎日フラフラと帰りが遅く、心配した母親は佑月たちに動向を探ってくれと依頼してきたのだ。
「他人がとやかく言う事でもないのですが、一度ちゃんと息子さんとお話された方がよろしいですよ? 今のご時世、男だからとか関係なく、夜遅くまで一人で出歩くのは危ないですし」
「はい……。分かってはいるんですけど、鬱陶しがられるとか考えますと怖くて……」
「それではいつまでも経っても、この状況は変わりませんよ? 安部さんも益々心労が重なるでしょうし、何かあってからでは遅いですから」
「はい……」
(ダメだなこれは……)
根本的なところで、依頼主である安部は息子に対して、遠慮しすぎだ。きっと外からでは分からない事情ってものがあるのだろうが。でもそれは依頼されていない限り、佑月たちが関わる事ではないため、余計な口出しなどは出来ない。後味悪いが、今日でこの依頼が終わった佑月ら二人は、豪邸を後にするべく、門までの広い道を歩いている。
「何か頼りない母親でしたね……。こう言っちゃ何ですが、何かちょっとイライラしましたよ」
陸斗は小声でこぼした。
「きっとこういった依頼は、俺たちだけじゃなくて、色んなところへ依頼してるはずだよ。それも頻繁に」
「そうなんですか?」
「うん。昨日も言ったけど、見張られる事に慣れてる感じがしたし。だから樹くんも憂さ晴らしじゃないけど、昨日あんな風に俺らに声を掛けて、からかう様な真似をしたんだと思う」
佑月らは張り込みや尾行はプロではないが、初心者ではない。一応ノウハウはある。それなのに迷うことなく彼は佑月たちの元へとやって来た。 『何か用?』と佑月が訊ねた時も少年は、その白々しさを馬鹿にしたような笑みを向けていた。
「憂さ晴らしですか……」
昨日のことを思い出してるのだろう。渋面を作る陸斗に佑月は苦笑いがこぼれた。
そして佑月らが立派な門を抜けた時、豪邸を囲う塀に背中を預けている少年がいた。佑月たちを待っていたのだろう。佑月らに気付くと、少年は直ぐにこちらにやって来た。
「こんにちは、お兄さん方」
少年はふわりと微笑む。
「こんにちは。こんなところで待ち伏せ? この時間は学校行ってる時間でしょ?」
家を出る時、時計を確認したら十三時前だった。普通ならまだ学校にいる時間だ。
「そうだけど、一日くらい休んでも、どうってことないよ。最後にお兄さんに会いたかったし、待ってたんだ」
熱っぽい視線を送られた陸斗は、小さく舌打ちをした。それを聞いた少年は、可笑しそうに声を立てて笑った。
「ウソウソ! 半分は冗談だよ。ただ、綺麗な方のお兄さんは初めて会う気がしなくてさ。会いたかったのは本当だけど。どっかで会ったことある?」
「……さぁ、覚えがないけど」
こんな美少年で、個性的な子なら一度会ってたら忘れないだろうし、佑月には本当に覚えがなかった。
「そっか……。気のせいかもね。あ、それはそうと、そこのお兄さん、僕は男になんか興味ないから安心してよ。だって気持ち悪いじゃん?」
嘲るように少年が笑うものだから、佑月も頭にきた。
「大人をからかうもんじゃないよ。君もそれくらい分かるよね?」
「あれ? 怒った?」
「おい──」
陸斗が堪らず、ドスを利かせた声を出すから佑月は陸斗の腕に触れ、制止をかけると、渋々と抑えてくれた。
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