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陸斗の災難 4

「こんな事を言う為に待ってたの? そんなことよりも、早く学校行った方がいいんじゃないのかな」  やんわりと佑月は言うが、彼は鼻で笑う。 「大人って本当勝手だよな。何でも力で押さえつけて命令してくる。挙げ句に自由まで奪う。エゴの塊だ」 「命令はしてないだろ? それに、そんな大人ばかりじゃない。けど、君はまだ高校生なんだ。理不尽なことがあっても、大人の庇護を受けなきゃならない年齢だ。一人では生きてはいけないからね。それをエゴの塊と言うのはどうかと思うよ?」  こんな風には言いたくないが、でもどんなに突っ張って反抗したところで、高校生が一人で生きていくことが出来ないのは事実だ。誰か大人の手が必ず必要になる。佑月もそれは学生の頃に身に沁みているから。  少年は一瞬、佑月の言葉を反芻するように口許を僅かに動かした。だが直ぐに不機嫌な表情を見せる。 「だからって、何でも言いなりになるように、指図していいワケじゃないだろ。子供の人格は無視しやがって!」  さっきまでの飄々とした一面が剥がれ落ち、怒りをぶつけてきた。 この少年は、大人から相当理不尽な扱いを受けているのかもしれない。  佑月はさっきまで居た豪邸を見上げた。家に帰らずフラフラしているのは反抗心の表れだろうが、それだけじゃなく、根底に何か問題がありそうだ。 「もう俺たちが何者かなんて、言わなくても分かってるだろうから名乗らないけど、お母さんは心底に君を心配してる。君自身も分かってると思うんだけどね。だから一度でいいから、お母さんと話してみたらどうだ?」 「他人のあんたに、とやかく言われたくない。あの人は……見てるだけでイライラするんだ……」 (イライラか……) 「そうだね。他人である俺がとやかく言うことでもないのは分かってるよ。でも、後悔のないようにね。皆が皆、平等に明日が訪れるとは限らないんだから。さて、帰ろうか陸斗」 「はい」  それだけ告げると、佑月と陸斗は一切振り返らずにその場を後にした。  重すぎる言葉だなと、佑月も思った。だが親を亡くしている佑月としては、心配してくれる親がいるのは幸せなことだと思った。意地を張り続けて、何も話せず終わってしまう。そういう後悔だけはしないで欲しいものだ。  そしてその少年の視線は、佑月たちが視界から消えるまでずっと背中にあった──。 「今回はとんだ災難だと思ってましたが、オレのラッキーパーソンは佑月先輩だったのを思い出しました」 「ラッキーパーソン?」 「はい。ほら、あの占いですよ。あれではラッキーパーソンは上司となってましたから」  胸を張って言う陸斗に、佑月は思わず笑いそうになった。あれだけ無関心だったのに。やっぱり少しは気にしていたようだ。陸斗と二人事務所に戻るまで、そんな他愛ない話をして盛り上がった。  完全に終了した依頼は、不備や偶然がない限り、依頼主やその対象に会うことは、ほとんど無い。だが世の中、何処で何が繋がってるかなんて想像すら出来ないのが現実。  そう、誰も想像なんて……考えつきもしない──。

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