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トラブル 10
中村の元に佑月が訪れたのは、元警察の人間なら、知っているかもしれない情報を教えて貰えたらと、僅かな希望に頼って来た。
「実は今日、仕事でお恥ずかしながら大事な書類をスラれたというか、スリ換えられたかもしれないんです」
「仕事で……」
「はい」
こんな仕事の信用を無くすようなこと、恥を晒すようなことは、本当は佑月も言いたくない。だが、情報を貰おうとする相手に対して偽った事を言うのは、フェアじゃないし失礼だ。
ましてや相手は中村だ。だから佑月は正直に答えた。中村の表情は変わらず、穏やかな面持ちで続く言葉を待ってくれている。佑月はホッと安心したように口を開いた。
「これはまだ憶測の話ではあるんですが、事務所から出る時に海斗は届け物の中身を確認し、俺も中身が間違いないことを確認したんです。ですが、いざ届け先へ持って行くと中身が全く違う物に変わってしまっていて。海斗が言うには駅のホームで人にぶつかられたらしくて……」
そして海斗が佑月の言葉を繋ぎ、中村に説明を始めた。暫く黙って聞いていた中村は、何かを考えるように顎に手をやる。
「うーん……。手に持っていたB5サイズの茶封筒がスリ換えられる。確かに普通なら、そんな大きな物は直ぐに気付かれるし、リスクはかなり大きい。だが……」
中村は顎を一撫でしてから「ちょっと悪いね」と佑月らに断りを入れてから、台座からスマートフォンを取り、何処かに掛けだした。
「俺だ。今大丈夫か? あぁ、ちょっと訊きたいことがあるんだが。〝カラス〟のことでな」
(カラス?)
気になるフレーズが中村の口から出たが、後は聞き側に徹しているために会話の内容が分からない。きっとその情報は、ちゃんと伝えてくれるはずと、佑月はカミカゼに口をつけた。
「先輩、ここが須藤……さんの行きつけってことは……ですよね?」
不意に隣に座る海斗が、中村に一瞬視線をやってから、ボソリと佑月に尋ねてきた。佑月はその意味する事を理解し、軽く頷く。それを見た海斗も納得したように、二回ほど頷いて見せた。
警察だった人間との癒着関係。何が正義で何が悪なのか……水面下ではそういった事があるのも事実だ。だからと言ってそれが悪だと、佑月が一人叫んでも、どうにもならないのが現実だったりするのだが。
「お待たせ、ごめんね」
「いえ」と佑月と海斗はサッと背筋を正した。
「本題に入るけど、もしそれがスラれたとしたなら、それが出来るのは恐らく一人だけ。【black bird】通称カラスという男。奴はサイトで仕事を請け負ってるんだよ」
「請け負う……ってことは、そのカラスって男は依頼のみで動くって事ですか?」
中村は軽く頷くと、佑月の前に一枚の紙切れを差し出してきた。 それにはサイトのURLが記されている。
「奴の狡猾さには右に出るものはいない程だ。警察が張ったトラップにも掛かることはない。奴は証拠も残さないし、狩り場を見られるようなヘマもしない」
(証拠を残さない……?)
ならば何故カラスはわざわざ。カラスの仕業ではないということなのか。不意に浮かんだ疑問に、自然と佑月の眉間にシワが寄る。いや、そもそもスラれたって事自体が佑月らの勝手な推測だった。
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