259 / 444

接触 3

 本名を名乗るのは、確かに気分的に良いものではない。だけど今は仕方ないのだと、自分に言い聞かせるしかないのだ。  名前を打ち込んでから暫く間が空き、佑月らが不安に思っているところにようやく返信がきた。 【成海さんですね。では、成海さん、貴方はなぜ先程の質問をされたのでしょうか?】  質問に質問で返され、佑月は一瞬戸惑うも、すぐにキーボードを叩く。 【単刀直入に言わせてもらうと、貴方と直接お会いしたいのです。無理を言ってるのは重々承知はしておりますが……】  これは大きな賭けだ。カラスが犯人なら、会ってくれない確率は更に上がる。犯人ではなくても、無理だと言われて、ここでのやり取りも切断されてしまえばそこで終わりだ。  だが画面上のやり取りではなくて、直接会うことに意味があった。その意味合いをカラスが汲んでも、会う理由がないと言われれば、それまでだが。  佑月と海斗、そして杉野までもが固唾を飲んで返事を待つ。するとようやく返事がくる。本当はたった数秒だったのかもしれないが、随分待たされた気がした。それほどまでに佑月らは緊張していた。 【あまりの直球な要求に少々驚きました。ですが、私も貴方に直接お会いしたくなりました】 「……」  誰もが暫く呆然とする。 「せ、先輩……」  海斗の絞り出したような第一声に、佑月は我に返る。 「……驚いた。まさかこんな返答がくるとは……」 「でも、こんなあっさりだなんて、きっと何かありますよ」  海斗の言葉に、杉野は同意するように大きく頷いた。 海斗と杉野の心配はよく分かる。自分自身でさえも、あまりにも簡単に事が運び過ぎて戸惑ってるのだから。  そう思うと、人間ってのはつくづく勝手な生き物だと思う。そう望んでるくせに、いざ上手くいくと疑心暗鬼になるのだから。  だが佑月は心配する二人を宥めて、カラスとは翌日会う段取りをつけた。もちろんカラスからは、幾つかの条件は付けられた。  その条件の一つだった〝必ず一人で来るように〟というものには、二人は最後まで反対していたが、それも何とか佑月は宥めすかした。  会えるとはなったが、やはり何となく胡散臭さは拭えない。警察の人間であった中村からの情報だから、カラスが偽者だということに関しては疑ってはいない。  だがその姿を見た者は殆どないと言われている人物だけに、こうも簡単に会うなんて何故なのか。  翌日、佑月は指定された池袋まで来ていた。一応一人でだ。中華街近辺のカフェの前での待ち合わせ。どうやらこのカフェの中には入らないようだ。約束の時間、十一時を腕時計の針が指した時、鞄の中に入ってるスマホが着信を報せてきた。 「電話……?」  鞄から出したスマホの画面を見ると、見覚えのない番号。昨日佑月はカラスに番号を教えたため、恐らくカラスからの電話だろう。 「まさか、この期に及んでドタキャンなんてこと……」  それだけは避けて欲しいものだと、佑月は通話をタップした。 「……もしもし、成海です」 『あ、もしもし、成海さん。私はblack birdです。もうカフェの前にお着きですか?』  想像していた声と違って、柔らかな声質。だけど、明らかに日本人が話すそれとは違ったイントネーション。佑月は無意識に眉間にシワを寄せていた。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!