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接触 3
本名を名乗るのは、確かに気分的に良いものではない。だけど今は仕方ないのだと、自分に言い聞かせるしかないのだ。
名前を打ち込んでから暫く間が空き、佑月らが不安に思っているところにようやく返信がきた。
【成海さんですね。では、成海さん、貴方はなぜ先程の質問をされたのでしょうか?】
質問に質問で返され、佑月は一瞬戸惑うも、すぐにキーボードを叩く。
【単刀直入に言わせてもらうと、貴方と直接お会いしたいのです。無理を言ってるのは重々承知はしておりますが……】
これは大きな賭けだ。カラスが犯人なら、会ってくれない確率は更に上がる。犯人ではなくても、無理だと言われて、ここでのやり取りも切断されてしまえばそこで終わりだ。
だが画面上のやり取りではなくて、直接会うことに意味があった。その意味合いをカラスが汲んでも、会う理由がないと言われれば、それまでだが。
佑月と海斗、そして杉野までもが固唾を飲んで返事を待つ。するとようやく返事がくる。本当はたった数秒だったのかもしれないが、随分待たされた気がした。それほどまでに佑月らは緊張していた。
【あまりの直球な要求に少々驚きました。ですが、私も貴方に直接お会いしたくなりました】
「……」
誰もが暫く呆然とする。
「せ、先輩……」
海斗の絞り出したような第一声に、佑月は我に返る。
「……驚いた。まさかこんな返答がくるとは……」
「でも、こんなあっさりだなんて、きっと何かありますよ」
海斗の言葉に、杉野は同意するように大きく頷いた。 海斗と杉野の心配はよく分かる。自分自身でさえも、あまりにも簡単に事が運び過ぎて戸惑ってるのだから。
そう思うと、人間ってのはつくづく勝手な生き物だと思う。そう望んでるくせに、いざ上手くいくと疑心暗鬼になるのだから。
だが佑月は心配する二人を宥めて、カラスとは翌日会う段取りをつけた。もちろんカラスからは、幾つかの条件は付けられた。
その条件の一つだった〝必ず一人で来るように〟というものには、二人は最後まで反対していたが、それも何とか佑月は宥めすかした。
会えるとはなったが、やはり何となく胡散臭さは拭えない。警察の人間であった中村からの情報だから、カラスが偽者だということに関しては疑ってはいない。
だがその姿を見た者は殆どないと言われている人物だけに、こうも簡単に会うなんて何故なのか。
翌日、佑月は指定された池袋まで来ていた。一応一人でだ。中華街近辺のカフェの前での待ち合わせ。どうやらこのカフェの中には入らないようだ。約束の時間、十一時を腕時計の針が指した時、鞄の中に入ってるスマホが着信を報せてきた。
「電話……?」
鞄から出したスマホの画面を見ると、見覚えのない番号。昨日佑月はカラスに番号を教えたため、恐らくカラスからの電話だろう。
「まさか、この期に及んでドタキャンなんてこと……」
それだけは避けて欲しいものだと、佑月は通話をタップした。
「……もしもし、成海です」
『あ、もしもし、成海さん。私はblack birdです。もうカフェの前にお着きですか?』
想像していた声と違って、柔らかな声質。だけど、明らかに日本人が話すそれとは違ったイントネーション。佑月は無意識に眉間にシワを寄せていた。
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