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接触 4

「はい、今カフェの前にいます」 『そうですか。では、申し訳ないんですが、そのままタウンへ入ってもらって直ぐの路地に入ってください。そうすれば【朱雀】って店のラーメン屋がありますので、そこへ一度中へ入ってください』 「……分かりました」 『では、お待ちしております』  ここで通話は切れた。 (一度中へか……)  自分のテリトリーまで足を運ばす徹底ぶりは、当然と言えば当然か。だが佑月は、ここに来て少しの恐怖心が今更ながら芽生えてきた。  カラスはきっと中国人だ。中国系マフィアも多く絡む中華街だけに、緊張感も増していくといもの。  だが、一人で来たとはいっても、何かあった場合に備えて、姿は見えないが、何処かで双子らが見守ってはくれている。そしてカラスと会って一時間経っても佑月から連絡がなければ、駆け付けてくれることになっている。それが少しばかり佑月に勇気を与えてくれていた。 「はぁ……」  佑月は軽く息を吐き出してから、タウンへと足を踏み入れた。そして路地に入って一分も経たない内に、そこは直ぐに見つかった。 「ここか……」  なんとなしに佑月は周囲を見回す。沢山の観光客や、中国人らが行き交っている。誰も佑月には目を向けていないはずなのに、何故だか意識はこちらに向いている気がして、ゾクリと佑月の背筋が震えた。  ここまで来て、かなりビビってる自分に佑月は笑いだしそうだった。  佑月は意を決して引戸を開け、暖簾をくぐる。すると店内にいた数名の客、そして店主であろう老人が一斉に佑月へと目を向けて来た。テーブル席に座る彼らもきっと中国人だろう。その視線は、訪れた客に向けるような視線ではない。値踏みするように、無遠慮に佑月をまじまじと見てくる。  数名の男に至ってはニヤニヤと下卑た視線で見てくるため、佑月は睨み付けたくなった。だけどそれをグッと堪えて、カラスらしき人物を探して店内を見回した。 するとそこへ、店主の男が近付いてきた。 「ナルミか?」  独特な発音で、鋭い視線を寄越して問いかける店主。佑月が頷くと、徐にこちらへと両手を伸ばしてきた。 「なに……?」 「武器もってないか、しらべる」 「ちょっ……」  武器なんて持ってないと、口を開く前に佑月の上半身から不躾(ぶしつけ)にペタペタと念入りに触ってきた。客とおぼしき男らからも、何か緊張感が漂っている。 (ここまでするのか……)  カラスは単独だとばかり思っていたが、どうやら彼は協力者のようだ。足首まで調べ上げ、鞄の中身も確認して何もないと分かると、店主は佑月に向かって顎をしゃくる。 「ついて来るね」 「……」  店主に促されるが、佑月が少し躊躇していると、振り返った店主にもう一度「来るね」と促される。  これではまさに袋の鼠だ。きっとここらの客も仲間だろう。もし何かあっても逃げ出すことは不可能に近い。だけど万が一何かあったとしても、一時間経てば陸斗らが駆け付けてくれる。それが唯一の救いになると自分に言い聞かせ、佑月は渋々と店主の後を付いていった。 「ここで待ってるね。直ぐに来る」 「はい」  厨房を抜けた奥に、広さにして四畳半くらいの狭い部屋へと通された。部屋には一メートル四方の簡素な作りのテーブルと、パイプ椅子二脚が置いてある。それ以外には何もない。従業員の休憩室にしては、物が無さすぎる。テレビもないし、ロッカーもない。机と椅子だけだ。 「お待たせしました」 「っ……」  背後から不意打ちとも言える声が掛かり、佑月の肩は情けなく上がった。

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