261 / 444

接触 5

 佑月が振り返ると、そこには細身で小柄な男が立っていた。年齢は二十代半ばから後半くらいに見える。取り立てて特徴のあるところはなく、ごくごく普通の青年といった風貌。だが、スリをするなら最適のルックスとも言えるだろう。目立つようじゃ致命的だ。 「あなたがblack bird?」 「はい。どうやら警察の人間からは〝カラス〟と呼ばれてるらしいですが」  苦笑にも似た笑みで椅子に座るよう促すカラスに、佑月は素直に従う。そしてカラスも、対面する場所に椅子を移して座った。 「では、スマートフォンを机の上に出して置いてください」  カラスの指示に、これにも素直に佑月はスマホを机上に置いた。  会うために出された条件。それは一人で来ること、録音などしないこと、妙な真似をすれば、佑月の身の安全は保証しないというもの。  スマホは録音が出来るため、それをさせない為に目に見える場所に置かせたのだろう。もちろん佑月はこの条件を全て飲んだ。例えカラスが犯人であっても証拠がないのだ。警察に訴えたところで、カラスを捕まえるのは困難だろう。 「それで、私に会いたいと仰ったのは、駅のホームでのすり替えのことですね?」 「はい」 「先ずお訊きしたいのは、何故私のことをお疑いなさってるのでしょうか」  発音に少しばかりの違和感があるが、スラスラと口から出る日本語は綺麗なものだと、こんなときだが佑月は少し感心してしまった。 そして、これは暗に情報源を探ってるのだろう。もちろん中村の名前など出しはしないが。 「大きな書類を気付かれずにスリ替えられる人間がいるのか……。それで、ある筋から貴方にたどり着きました」 「ある筋……ですか」  探るような目付きを寄越されるが、ここで目を逸らせば、こちらの立場が更に悪くなるのは避けられない。佑月は感情を表に出さないように、真っ直ぐ見返した。カラスはそんな佑月が愉快だと言いたげに、口角を上げる。 「それで成海さんは、私が犯人だと疑ってるんですね」 「うちの従業員はしっかりと仕事をしてくれています。信頼もしています。ですから、中身が別物に変わってしまうなんて、あり得ないことです。第三者が関わっていない限り」 「なるほど。そこまで信頼されている従業員の方は幸せですね」 「でも、black birdは証拠となるものは一切残さないと聞きました。それなのに、何故彼はうちの者に気付かせる真似をしたのか」  カラスの軽口は無視をし、今度は佑月が探る目付きを向けた。カラスなら海斗にぶつからなくても、上手くスリ替えられたはずなのにと。  するとカラスは、一瞬関心したような表情をつくった。だが、直ぐに微笑を口元に浮かべる。  注視していないと気付かないものだが、こういう相手の表情の変化を見たくて、佑月は直接会うことに拘った。画面上のやり取りでは決して分からぬことだから。 「さぁ、私には分かり兼ねますが、でももし私が犯人なら、成海さんはどうなさるおつもりなんでしょう」  〝もし〟だなんて口では言ってるが、その目の奥は挑戦的に佑月を真っ直ぐに見据えてくる。それは自分が犯人だと言ってるようなものだった。 ──一体どういうつもりなのか……。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!