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最悪の
◇
カラスに会った翌日、受取人の代理人であった事務員風の女から、会いたいと佑月のもとに連絡があった。
佑月は海斗と二人、タクシーで指定されたあるホテルまで直ぐに向かった。ホテルの名を聞いた時は、少し動揺する佑月がいた。世界のVIPが利用する日本屈指の、超がつく高級ホテル。【クラウンホテル】
その名は日本人なら一度は聞いたことがあるホテルだが、佑月にとっては鬼門とも言えるホテルだったからだ。そのためか、海斗とタクシーを降りてから、ホテルの玄関口で、佑月は高層の建物を睨むように見上げていた。
「佑月先輩、どうかしました?」
海斗に顔を覗き込まれ、佑月はハッとしたように表情を取り繕う。
「あ、ごめん。何でもないよ。行こうか」
「……はい」
海斗は怪訝そうだが、佑月は気付かないふりをする。そんな佑月に海斗は諦めたように、追及してくることはなかった。
電話口では受取人本人が来るとのことだったが、相手側はもしかすると、かなりの金持ちなのかもしれない。そうでなければ、こんな高級ホテルになど呼び出さないだろう。
ロビーではなく、部屋を取ってるようだから、余計に佑月はそう思ってしまった。こんなホテルに入るだけでも気分が悪いのに、相手が大物となると、面倒なことになるのは避けられそうにもない。
カラスに会ったことで、佑月らは騙されていたことが分かったが、実際に証拠がないから、相手の出方を窺うしか今は手立てがないのも正直痛い。だが恐らく相手側も証拠だとか、本当は必要ないのかもしれない。何か他に目的があるようだから。
「ここはオレも初めて入りますけど、凄いっすね……」
「うん、そうだね。でも、普段ならこんなとこ来る理由もないけどね」
「アハハ、確かにそうっすね」
海斗はホテルのせいではなく、これからのことで緊張しているせいで笑う声も硬い。
それ以降、二人は緊張を表すように、エレベーターの中では最上階に着くまで、お互いに口を開くことはなかった。
エレベーターを降り、柔らかな絨毯を踏みしめ、佑月と海斗は目的の部屋の前に立つ。
「ここ……ですね」
「うん」
自分を落ち着かせようと、軽く息を吐いてから、佑月は意を決したようにベルを鳴らした。
暫くすると豪奢な扉が開く。開けたのは事務員風の女。にこやかな笑みを向け、慇懃に頭を下げてきた。
「お待ちしておりました。どうぞ」
「失礼します」
大きく放たれたドアから、佑月と海斗は頭を軽く下げ、敵の陣地へ足を踏み入れるような気持ちで中へと入った。
一般人では、なかなか宿泊することは叶わぬだろうスイートルームの一室。その名に恥じない豪華な部屋だが、佑月には何の感情も湧かない。
──湧くはずもない。
ローテーブルを囲うように配置された、高級感漂うソファに勧められたが、部屋には女しかいないことに佑月は怪訝に思う。
「あの、受取人ご本人様は?」
「直ぐに参りますので、お掛けになってお持ちください」
「そうですか。分かりました」
女はワゴンの上のティーセットを、手際よく用意している。とりあえずと、佑月らは腰を下ろすことにした。
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