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最悪の 4
「……先輩?」
あの目が、あの口元が、あの笑みが……佑月の全身を這い回る。嫌悪感で吐き気を催した時、ふと頭の中で〝佑月〟と甘く自分を呼ぶ声がした。それはもう聞き慣れたと言っていい男の声。
『佑月、俺の事だけを考えていろ』
そう脳内で囁かれる。
──須藤……。
「せんぱい……佑月先輩!」
強く体を揺さぶられ、佑月はそれに驚き、夢から覚醒したかのように、頭の中が突然クリアになっていった。
「っ! ご、ごめん」
目の前の心配顔の海斗に、謝罪の言葉を口にしつつも、佑月の内心は情けなさやらで自分に腹が立った。
「先輩、顔色が悪いですよ。ここはやっぱり……」
「大丈夫、昨日別件で出てたから、少し睡眠不足みたいだ。心配かけてごめんね」
別件なんて何もなかったが、海斗はプライベートのことだと思ったのか、完全には信用したわけではないようだが、頷くのを見て佑月はホッと息をつく。
須藤と海斗のお陰で目が覚めた。
そうだ。自分の弱い所をさらけ出してどうするんだ。 もう、あの頃の俺ではない。こんな男に屈することは出来ないんだと、佑月はぐっと拳を握りしめた。
「成海さん、本当に顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」
女はさも心配そうに尋ねてくるが、先程から佑月の反応を逐一見ている。まるで、そこに目的があるかのような。
「はい、大丈夫です。ご心配お掛けしまして申し訳ございません」
だから佑月は、にっこりと嫌味なくらいに微笑んでやった。女は「それは良かったです」と口元だけに笑みをつくるが、内心はどう思っているのか。
「そろそろゆっくり話をしたいね。悪いが、君には席を外してもらいたい」
佑月と女との間の空気さえも気に入らないとでも言いたげに、少し不機嫌な声が海斗に退室を促す。促された海斗は、意味が分からないといった表情で円城寺を見据えている。
「すみません、何でオレが──」
「責任者である彼と話せれば、十分だろう?」
「……」
反論は許さないといった空気。
普通なら、そのような空気など軽くいなす海斗だが、状況が状況だけに強く出る事が出来ずに歯噛みをしている。
「海斗ごめんな。とりあえず先に帰っておいてくれるかな」
「え? いや、でも……」
円城寺にチラリと視線をやる海斗は、納得がいかないと訴えている。佑月と円城寺がただならぬ関係だと分かったため、心配なのだろう。
佑月とて、この男と同じ空間の空気を吸うことだけでも腹立たしいと感じている。だが円城寺が、余計なことを口走らないとも限らない。そうなっては、そこに海斗が居てはもっと心配をかけるだろう。下手をしたら相手を殴ってしまうかもしれない。それだけは避けたいのだ。
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