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最悪の 9
青ざめる佑月に、円城寺は更に間合いを詰めてくる。
「佑月もう一度言う。私と一緒に住みなさい。小料理屋の夫妻には私も感謝している。そんな恩人である彼らが哀しい思いをするのは、私も心苦しい」
「っ……」
何が心苦しいのかと反論したくなる。それは完全なる脅迫だった。佑月だけに昌樹ら二人を守ることなど出来ない。それを見越してこんな卑怯なことを口にする。
「それに“何でも屋”だが、それも危ういラインじゃないか」
「お言葉ですが、我々は法に則った仕事をしています。それをそのように言われるのは心外です」
「心外か……。だが、実際はヤクザ者や裏社会では名高い人間が絡んできてるではないか。雇ってる人間も真っ当な人間とは言えないんじゃないのか?」
「彼らはそちらには関与してません!」
自分の可愛い後輩のことにまで口を挟まれ、佑月は我慢ならず怒鳴り付けた。視界の端で苦笑する女の姿が見える。ジロリと佑月がそちらに視線を遣れば、女はわざとらしく肩を竦めて見せた。
「まあ、どちらにしても彼らが路頭に迷う、なんてことは決して望んではいないだろう? なら私の言うことは素直に聞いておくべきだと思うがね」
「……」
佑月と関わりのある人間が全て巻き込まれていく。この男もやってることは、ヤクザと何ら変わりはない。
なら、自分と再び関わってきたことを、逆に後悔させてやればいい。その為には色々と不安要素があるが、このままこの男に屈するのは絶対に避けたい。佑月は決意を固め、女に席を外させてから、円城寺に口を開いた──。
佑月は重いため息を吐いて、既に最上階で止まっていたエレベーターに乗り込んだ。これからの事を思うと気が重いのが正直なところ。
佑月はまた吐きたくなるため息を我慢して、鞄から出したスマホの電源を入れた。エレベーターを降り、エントランスホールを抜けながら海斗の番号に掛ける。
「あ、もしもし海斗」
『佑月先輩! 大丈夫ですか!?』
「心配掛けてごめんね。大丈夫だよ。今から帰るね……あ……いや、やっぱり今日は悪いけど直帰するよ」
豪華なエントランスから外に一歩踏み出すと、陽光の眩しさに佑月は小手を翳 した。
『え、急にどうしたんですか?』
「うん……先に解決しなきゃならないことが出来て……。ごめん」
『解決って?』
「ごめん、海斗。また明日にでも説明するから」
『ちょ──』
まだ何か言い掛けている海斗に悪いと思いながらも、佑月は電話を切った。
そして佑月の視線の先には、手入れが行き届き、見事に輝きを放つ、一台の黒塗りの高級車がある。
運転席から降りた男が、恭 しく佑月に頭を下げてから後部座席のドアを開けた。
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