288 / 444
最悪の 20
全身に走り抜ける悪寒。
瞬間的に佑月が腕を振り払うと、円城寺はあっさりとその腕を離した。
「なら、家まで送ろう」
「結構です」
顔も見たくない佑月は直ぐに背を向けて、階段を下りていく。だが「遠慮しなくていい」と、明るい声が返ってくる。
この男の思考回路には辟易とする。どこをどう見れば、遠慮しているように見えるのか。思わず“馬鹿なのか?”と佑月は口をつきそうになった。
「また明後日に出直して来て下さい」
今度こそ帰ろうと階段を下りようとしたが、再び腕を掴まれる。
「何なんですか?」
苛立ちを含んだ大きな溜め息を吐いて佑月は腕を一瞥するが、余計にグッと力を加えられてしまう。
「そんなに邪険にしなくてもいいんじゃないのかい? 私は佑月と離れていた時間を取り戻したいのだよ」
「俺はこのあと予定があるんです。日曜日にはゆっくり話せるでしょ?」
予定などないが、こう言えば大抵は引くはずと佑月は言う。
「私は今すぐにでも一緒にいたいんだよ」
期待通りの返事をしない円城寺に、佑月は舌打ちをしそうになる。
「本当に離して下さい。大声出しますよ」
佑月の苛立ちがピークに達した時「あれ?」と不意を討つ声が聞こえてきた。
声の主に顔を向けると、佑月は驚きで思わず目を見開いてしまった。
「え? あれ……どうしたんだ?」
そう問いかけた相手は、円城寺を怪訝そうに見ながら「……いや、ユヅに会いに来たんだ」と、しまいには円城寺を睨み付け始めた。
「あ、ごめん颯! わざわざ迎えに来てくれたんだね」
目の前にいる気が置けない男、颯なら直ぐに臨機応変に返してくれるだろと、佑月は期待しながらも目で訴えた。
「お、おう、そうだよ。遅いしさ心配になって」
さすが、颯! と心の中で佑月はgood job を送った。
佑月は円城寺の腕を振り払って「では、失礼します」と慇懃に頭を下げる。そして颯の腕を取って、一気に階段を駆け下りた。
「待ちなさい佑月」
そんな声が背後から聞こえたが、素直に待つ奴なんていない。佑月と颯は駅前までの通りをひた走った。
細い路地に入ってようやく佑月らは足を止め、来た道を覗き見する。追い掛けて来てる様子はなくホッと息をつく。
「……颯、悪かったな。巻き込んで」
「いや、それは全然いいんだけど……。何なんだよ、あのオッサン」
息切れしている佑月と違って、颯は軽く息が乱れてる程度。同い年なのに、この体力差にはほとほと嫌になる。
その颯は嫌悪を滲ませた顔で、佑月に詰め寄ってきた。どう説明すればいいのかと、佑月は頭の中で必死に考えを巡らせる。
心配掛けるのは分かりきってるし、掛けたくない。だから本当のことは言えない。颯には悪いが誤魔化すしかなさそうだ。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!