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最悪の 21
「あの人は、俺が子供の時の……まぁ、顔見知りみたいなものだよ」
「顔見知り? 何か向こうはそんな感じじゃなかった気がするけどな」
訝しむ颯だが、佑月は逆にふと疑問が浮かんだ。
「別にあの人のことは、どうでもいいよ。関係ないし。それより颯こそ仕事はどうしたんだよ。No.1がサボってちゃダメなんじゃないのか?」
颯が来てくれて大いに助かったが、今の時間なら確実に営業中といったところなのに、何故と佑月は首を傾げた。
「いやぁ……なんか虫の知らせつうのか……」
突然颯の歯切れが悪くなる。
仕事柄たいていの場面では感情を出さないよう、ポーカーフェイスなんてお手の物なはずなのに、何に動揺してるのか。
「虫の知らせってどういうこと?」
佑月はずいっと颯の顔を覗き込むように顔を近づけ、無理やり目を合わせようとする。
颯は目を合わせないようとしているが、喉元がこくりと動くのが分かった。
「……ユ、ユヅ……顔近いって……」
「理由を教えてくれたら、離れてあげるよ」
「クソ……卑怯だぞ……いつもいつも」
色んな美女を口説き落とし、骨抜きにした女は数知れず。そんな男なのに、何故か佑月がこうして近づくと途端にあたふたする。
それをいつも利用して、吐かせようとする佑月は、颯の言う通り卑怯かもしれない。
「で? どうしたんだよ」
佑月の問いに困惑を滲ませ、颯は軽く息を吐き出した。
「……いや、本当に虫の知らせってやつだよ」
「虫の知らせって……」
佑月は颯から離れて、じとっと見据えるように向き合った。駅前路地というこもあり、人通りは多く、目立つ颯の容姿に女性たちがみな目を向けていく。
少しの居心地悪さをお互いに感じたのか、示し合わせたように同時に足を踏み出していた。
「ほら、昔からオレってユヅに何かあった時は、結構勘が働いてたろ?」
「まぁ……そうだけど。そのおかげで色々助かってきたし、感謝してる。でも、今日は仕事中だろ? 陸斗らに連絡するとか方法はあったのに、なんで?」
「なんだよ、オレが来たら迷惑なのかよ!」
颯はおちゃらけたように、佑月の肩に腕を回すようにして、髪の毛をぐちゃぐちゃに掻き混ぜてきた。
「迷惑だなんて思ってるわけないだろ。それくらい分かってるくせに」
佑月はわざと拗ねたように見せる。
「分かってるって、怒るな」
颯は佑月の頭をポンポンと子供にするように軽く叩く。そしてお互い何となしに笑い合った。
「颯……ごめんな。ありがとう」
「なに、謝ってんだよ! 親友だろ? 遠慮なんていらねぇよ」
それでもありがとうという気持ちで佑月が微笑むと、颯もニッと笑みを見せた。
颯の方が本当は色々訊きたいはず。でも今はお互いにとって、深く追及し合わないほうがいいと、そう判断した。
何かと迷惑や心配を掛ける事が多い自分。そんな佑月を颯を含め、みんな嫌な顔を一つも見せたことがない。
感謝してもしきれない大事な親友や仲間。彼らに何かあったら、佑月は何を置いても、必ず力になりたいと深く胸に誓った。
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