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予想外
◇
見事なローズガーデンを抜けると、細かな装飾が施された、18世紀頃のフランス貴族の城をモチーフにしたかのような白亜の豪邸が現れる。
美しいファサードから中に入ると、そこも白の世界。サーキュラー階段にはネイビーのベルベットの階段マット。白にはとても映えて美しい。建物、邸内だけを見れば調度品含め、上品、豪華とで気品に溢れている。そう“囲い”だけを見れば。
だが、住んでる人間が問題のある男なのだ。
ホテル経営にも成功し、今や世界に名だたるホテル王としても有名だ。その大企業のトップに立つ男の名は円城寺 政孝。
佑月がこの世で最も嫌悪する男だ。
その男が依頼を持ち掛ける真似をして、佑月に再び近付いてきた。しかも大事な仲間で、友人でもある海斗を傷付けることまでして。
円城寺は一方的に脅しをつけて、佑月たちの生活を妨害しようとしてきたのだ。
佑月はこの時初めて円城寺をこの世から消してやりたいと、負の感情を抱いた。散り散りの細切れにして、再び自分の目の前に立てない程に消してやりたいとまで。
だけどそんな佑月の思いを嘲笑うかのように、円城寺は“一緒に住みなさい”と迫ったのだ。何でも思い通りになると信じて疑わない男の思考には、佑月もほとほと辟易とした。
円城寺の思い通りに動いてやる気など更々なかった佑月は、どうにか言い含めて同居だけは免れることが出来た。
言い含めたと言っても、円城寺がどこまで納得しているのかは分からない。もともと一緒に住めと言われていたものを、夕食を毎日一緒に採るといものに変更したからだ。
円城寺が何かを企んでるにせよ、佑月の言い分は飲んだ。だから余計に、円城寺の思惑には嵌まらないように気を付けなければならない。円城寺の“裏”を暴くためにも。
何度も何度も溢れるため息をそのままに、佑月は牢獄のような豪邸の一室に足を踏み入れた。
「旦那様は本日、少し遅くなられます。どうぞこちらにお掛けになってお待ちくださいませ」
「……はい。分かりました」
佑月の返事に慇懃に頭を下げて客室を出ていったのは、円城寺邸に仕える家令の櫻木と言う男性。
齢七十二ながらも背筋がスッと伸び、上品な紳士といった佇まいだ。古くから円城寺邸に仕える家系だとか。
櫻木に文句を言っても仕方ないが、遅くなるなら直接俺に連絡をすればいいじゃないかと、佑月は毒づきたくなった。わざわざ早くに来る必要もなかったのにと。
今日で三度目の訪問もあって、佑月は勧められた白い革張りの高級ソファに、遠慮なく腰を下ろした。
座り心地は本当は申し分ないのだろうが、やはり場所のことを思うと、とても寛げる気分にはなれず、佑月は落ち着くことが出来なかった。
「お待ちください! 樹さま」
「うるさいよ櫻木。またあのオッサンが若い男を囲ったんでしょ? 顔くらい拝んでおかなきゃね」
「樹さま!」
何やら不穏な騒がしさで、客間の扉が勢いよく開かれた。
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